神崎ゆきの裏日記

SNSの炎上や人間関係トラブルの記録とか

トレーサビリティの欠如と謝罪の仕方

こんにちは、神崎ゆきです。

今回は、私と両方とも交流がある、とつげき東北さんオリちゃんについて。この2人の間に激しい対立が起きていることについて、触れたいと思います。

三者である私が、苦言を呈す記事です。

この件に関して、私のところに「神崎さんはとつげき東北に注意しないのか」とDM等を複数いただきました。しかし、私が個人間のトラブルに介入すると、どうしてもこじれてしまうので、今回の件を最後に「社会問題には言及するが、個人間のトラブルには関わらない」というスタンスを取ります。

個人間のトラブルに口を挟むには、私はアカウントの規模が大きくなり過ぎました。

まず初めにこのことを、ご承知おきいただけると幸いです。今回の件に限っては、私も思う所がありますので、言及をさせていただく次第です。

なお、この記事を見る方の立場にもよるかもしれませんが、おそらくは私のスタンスが「とつげき東北さん寄り」になっているであろうことを、あらかじめ書かせていただきます。

彼のことを批判する内容の記事ではありますが、それは同時に「彼に救いの手を差し伸べること」でもあります。そのため、この記事を書くことで私に対して生じる批判に関しては、甘んじて受け入れるものとします。

また、この記事で私が提言したことをとつげき東北さんが受け入れたとしても「神崎の言うことなら聞くのか」と批判を受けるでしょう。受け入れなかったとしたら現状維持となるので、やはり批判を受けるだろうと思います。これらの批判も、彼は甘んじて受け入れるべきものと存じます。

以上を踏まえて、ご覧ください。

よろしくお願い申し上げます。

1. 経緯

まずは、私が把握している経緯を書いていきます。

オリちゃんは2021年10月29日に、このような記事を書いて公開していました。そして、Twitterの固定ツイートに設定していた。

note.com

この固定ツイートに対して、2022年5月15日。

とつげき東北さんがこのように突っ込みました。

このリプライの約1ヶ月後。2022年6月13日に、オリちゃんはスクリーンショットを用いて反論しました。

これに対して、とつげき東北さんはこのようにリプライ。

オリちゃんはスクリーンショットを用いて、反論。

ここで、とつげき東北さんは以下のnoteを公開。

note.com

このnoteに、オリちゃんはスクリーンショットで反論。

その後、アーマーカンタスさんという方がこのように意見を言います。

その後、とつげき東北さんは記事に追記。そして、このようなツイートを行いました。

アーマーカンタスさんのツイートに対して、オリちゃんはこのようにリプライします。そのリプライに対して、とつげき東北さんはこのように伝えます。

その後、オリちゃんはこのように苦言を呈します。

その後、とつげき東北さんとフェミトーさんの間でこのようなやり取りが為されます。

https://twitter.com/oriii_chance/status/1537437034042003462?s=20&t=_FORcJgV7GXUMut1dsetQw

その後、このような流れになります。

これに対して、とつげき東北さんの返答。

以上が経緯となります。

2. とつげき東北さんへの指摘

まずは、とつげき東北さんの問題点を指摘します。

とつげき東北さんの書かれたnoteでは、現時点で「オリちゃん」という固有名詞ではなく、「Nさん」に変更されています。

そして、《本文中に出てくる「Nさん」は、私の中で典型的な「表現選択派」のステレオタイプであり実在する何人かの人物に共通する特徴を取り上げたつもりだが、一部偏った見解がある可能性も残ることを付記する》と注釈が書かれている。

だから、私がここで「Nさん = オリちゃん」と結びつけて論じること自体が、とつげき東北さんの「反省」「改善」を無碍にすることかもしれません。それでも、そうしないと私がこれから論じる内容に不具合が生じるので、やむを得ずに「Nさん = オリちゃん」を結びつけて論じます。

その上で。

まず、今回の騒動において、とつげき東北さんの問題点は「トレーサビリティが甘い」ということです。違う言い方をするなら「オリちゃんの主張をもっと正確に引用すべきだった」となります。

例えば、当該noteには次のような文章が出てきます。

そんな中、「表現選択派」の「Nさん」との対話で、私の丁寧な説明をかなり悪意を以て軽んじられたうっぷん晴らしついでに、原理を聞いたのが5月10日あたりである。

胸の大きな人を心地よくさせるためだけに「表現の自由」があるのではない|とつげき東北|note より引用|2022年6月15日)

ここで「私の丁寧な説明をかなり悪意を以て軽んじられた」とは、具体的に何があったのか。リンクも何もないので、それを追うことができない。

つまり、第三者から見て「本当にとつげき東北さんの説明が丁寧であったのか」「Nさんは本当に悪意を以て軽んじていたのか」の判断ができません。

また、元プロゲーマーたぬかな選手の発言について、とつげき東北さんは「Nさん」の主張を以下のようにまとめています。

その方は、2次元のイラスト等については「表現を守るべき」と強く主張しているものの、元プロゲーマー(たぬかな選手)の表現「身長170cm以下の男に人権はない(要旨)」に対しては「表現すべきではない」旨で反対していたので、3行目は「憲法」「法令」に準じないものとした。

(中略)

もちろん個人の問題として「太っていても生きやすい社会」を望むことを止めたりはしない。しかし「Nさん」は、先に述べたとおり、「たぬかな選手」の選手生命を絶つ方向の動きに賛同したし、「たぬかな選手」の表現の自由を認めようとしなかった。実際にたぬかな選手の人権が損なわれた後、謝罪や後悔の念を記していない(私が観測できた限り)。

胸の大きな人を心地よくさせるためだけに「表現の自由」があるのではない|とつげき東北|note より引用|2022年6月15日)

この点も、トレーサビリティがない。

Nさんが本当に「選手生命を絶つ方向の動きに賛同した」のか、たぬかな選手の「表現の自由を認めようとしなかった」のか、確認する方法がありません。

「私が観測できた限り」と曖昧に濁さず、具体的に「観測したもの」を第三者が確認できる形で提示すべきです。

次に。

とつげき東北さんは、Twitterの発言において「情報不足」に過ぎます。

はっきり言って、おそらく最も誠実かつ公平中立な人が読んだとしても、あまりにも情報不足であり、喧嘩腰の表現で反発を買うこともあいまって、論旨を読み取れるはずがないものと思います。

私は、まだ半年程度の付き合いではありますが、とつげき東北さんの友人であることから彼に甘い自覚があります。しかし、それを差し引いても限度がある。

とつげき東北さんは、オリちゃんに対して行った最初の質問に対して、次のように仰っている。

私の質問で
パワハラをする人も生きやすい世界にしたいと思わないのはどうしてか、理屈を」
聞いたのは、「何を基準として」「どのような一貫性をもって」自らの好みを正当化し、他人の権利を侵害しようとしているのかを聞きたかったからだ。
断るまでもないことだが、「パワハラをする人も生きやすい世界にしたい」と私が思っているわけではない。私は「憲法」や「法令」に準拠して考えるのだから、表に記したように、
パワハラは(主として暴行や脅迫等に該当するような)犯罪である」
ことから、そのような行動は制限されるべきだと判断する。いうまでもなく、現在「パワハラをする人」が、「パワハラをせずに生きていける世界」になれば、なおよい。

果たして、「Nさん」から、一貫した原理と返答は返ってくるだろうか――。

その結果は、以下のようなものだった。

「体質的に仕方がない特徴や、それで受ける被害の当事者として発言したのです。『パワハラする人も生きやすい世界にしたいと思わない理屈を知りたい』という意見と並べないでほしい」

私が訪ねたのは、「なぜパワハラする人の生きやすい世界を求めないのか」に対する、ピンポイントな解ではない。

「Nさんの判断では、胸が大きい人が生きやすい世界を望んでいる」

「しかし同時に、たぬかな選手などによる自由で『格闘技界で楽しく表現しあえる』世界は望んでいない」

「だとすると、あなたが表現を『選ぶ』にあたって、何が原理にあり、どういう一貫性で『善い、悪い』を決めているのか。私自身も『パワハラの人』の人権は当然制限されるべきだと思うが、私はそれをキチンと説明するための原理と一貫性、それから羞恥心と知的誠実性を保有している。あなたにはそれが見受けられない。原理と一貫性を説明せよ」

という注文だった。
思った通り、何の答えも用意されていなかった。

まず、第一に。

「とつげき東北さんのツイートから初見でそこまで読み取るのは無理があるだろう」と思います。

これは「憲法や法令の知識がなければ読み取れない」という類のものではなく「とつげき東北さんという人物とその思考を知らなければ読み取れない」という類のものです。あまりに「とつげき東北さん自身の中にある文脈」に依存し過ぎています。これでは、ほとんど誰にも伝わりません。

それを、まだ関係性を築いていないオリちゃんにとつげき東北さんが投げかけるのは、オリちゃんの言葉を借りるなら「初手から喧嘩腰の構ってちゃんムーブ」であり、ただの「甘え」であると思います。

この点は、私はサンサーラ・ゴンさんの意見に同意します。

そして、第二に。

そもそも前提として、とつげき東北さん自身が「私が返した質問がいささか意地悪なこともわかっている」と称する質問に対して、オリちゃんは「真正面から答える義務も義理もない」のです。粗雑な対応になっても仕方ないでしょう。

そうやって粗雑な対応を煽って、それを拾って主張を展開するのも、1つの議論のやり方であることは認めます。そして、私はとつげき東北さんが「論敵とバチバチにやり合うことで出世してきた人」であることも知っている。

……しかしながら。

「あんた、立派な肩書と十分な知識と能力があるんだろ。何をいつまでも小物のようなしょっぱいムーブしてんだ。シャンとしろ」

このように、私は思いました。

3. とつげき東北さんに求めるもの

ここからは、とつげき東北さんの「事後対応の稚拙さ」について。

しかし、その前に触れておくことがあります。それは「TLを眺めていて、とつげき東北さんが何も反省していない雰囲気になっているが、実際のやり取りはそうではないのではないか」という点です。

とつげき東北さんは、アーマーカンタスさんからの指摘で「やり玉に挙げてしまう形になったことについて、弁明と謝罪を入れました。申し訳ありませんでした」「特定の方を全面に出すことは非常に不適切であると反省した」と言っています。

また、オリちゃんに対して「 何か特段の改善点(Tweet削除等)ありましたらお申しつけください」と申し出ています。

フェミトーさんとのやり取りでは「あの記事が特定個人のことを指していたことは本当に申し訳なく思っていますし、私の失敗だと感じています」と言っています。

これらを踏まえて「とつげき東北さんが反省も謝罪もしていない」のは、違うのではないかと思います。この点は、Twitter上でも事実関係を把握されていないのではないかと見受けられる意見を、非常に多く見かけます。

その上で。

それでも「とつげき東北さんが何も反省していない雰囲気になっている」のは、とつげき東北さんの「謝罪の仕方」が適切ではなかったことが原因ではないでしょうか。

具体的には、とつげき東北さんの表明の仕方も文章も「何かのついで」になっており、中心的な部分が「オリちゃんへの謝罪」として取り扱われていません。

謝罪をするのであれば「① 何が悪かったのか」「② その過ちが起きた原因は何か」「③ 今後どのように改善するのか」を、誠実に書くのが基本です。これらが欠けているならば「反省も謝罪もしていない」と見なされたとしても、致し方がないでしょう。

何かのついでに片手間で謝罪を済ませないで下さい。

なお、謝罪を表明したとして、オリちゃんが許すかどうかは別問題となります。これはオリちゃんのためというよりも、あくまで「私が自分の友人であるとつげき東北さんに求めるケジメ」となります。

謝罪くらい、きちんとできる大人であって下さい。

また、それはそれとして「記事を削除するべきではない」とも思います。

理由は2つあります。

まず1つは、オリちゃん自身が「それを後になって訂正や弁明はもう手遅れでいらないから。ブロックして関わりたくはない」と言っており、記事の削除を求めているわけではないからです。

オリちゃんが希望していない以上、記事を削除しても誰も得るものがなく、何も問題が解決しないものと考えます。

(2022年6月17日23時25分追記:この部分に関しては「記事の削除を希望していないわけではない」とのことです。事実確認が不足していたことを、お詫び申し上げます)

もう1つは、とつげき東北さんの主張は、「オリちゃんへの批判」としては的外れですが、あくまで「主張そのもの」だけで捉えるなら、割と妥当なことを言っているからです。

例えば、以下の人権に関する「原理原則」について。

原理原則のおさらい

日本国憲法における「人権」(表現を行う権利や、表現を享受する権利としての「知る権利」など)は、「公共の自由(他人の人権)」を侵害しない限り、無制限に与えられるものである。

(中略)

よくある誤解として、これを、
「社会の秩序や平穏など、公共的な価値のために、個人の行動は制限される」
「多数の人の利益になる場合には、少数の人はある程度我慢しなければならない」
といったように解釈している方がいる。
しかしこれは誤りだ。
憲法13条は、
「社会的な価値(大勢にとって居心地が良いことや会社が儲かること)」
などではなく、
「個人の権利こそが最大限に求められなければならない」
と謳っているのである。
決して、大多数が「嫌味だなあ」と感じる言葉を誰かが言ったところで、その発言を止める権利は、一般に存在しない。

ただし、特定個人が無限に自分の「権利」を主張してしまうと、当然ながら「他の個人」の「人権」と衝突してしまう場合がある。
こういった場合に――こういった場合にのみ、個人の人権は制限され得る。個人の人権を制限できるものは、別の個人の人権だけだ。
例えば何らかの刑事事件の容疑者の「実名報道」は、容疑者のプライバシー権や財産権、名誉等を侵害している。私個人としては有罪判決も出ていないのにとんでもないことだと思うが、重大な犯罪については、大勢の「知る権利(人権)」と衝突するとも考えられており、このあたりはいかにも「文系的に」処理され、時々はマスメディア側に賠償が命じられたり、命じられなかったりする(冤罪によって人生が終わるかわいそうな被害者もいる)。

このように、人権と人権の衝突を調整することを、憲法では「公共の福祉」と呼ぶ。
まず、これを抑えているか、ここに立ち戻って事態をとらえることが可能か、というところが1点、非常に重要な観点である。

胸の大きな人を心地よくさせるためだけに「表現の自由」があるのではない|とつげき東北|note より引用)

胸の大きな人を心地よくさせるためだけに「表現の自由」があるのではない|とつげき東北|note

この内容は、いわゆる表現の自由に対する原理主義者」でなくとも、広く色んな人に考えて欲しいことだと、私は思います。

繰り返しますが、とつげき東北さんの主張は「オリちゃんへの批判」としては、トンチンカンであり不適切なものです。

ですが、「主張そのもの」だけで考えると示唆的なことを言っています。

表現、あるいは人権に関して何らかの形で言及するなら、とつげき東北さんの主張に賛同するか否かはさておいて(実際、私のスタンスはとつげき東北さんとは随分と異なります)それでも「人権」「公共の福祉」「決して避けては通れない内容」です。

togetter.com

これらのことから、私は記事そのものは残すべきと考えます。

しかし、とつげき東北さんの主張にあたって、記事の「Nさん騒動」と書かれている項目は、必ずしもその論旨に必要不可欠な部分ではありません。

もちろん「必要ではないから削除しろ」という主張を全てのケースにおいて認めることは、表現の萎縮を伴うので避けるべきではありますが、今回に限ってはとつげき東北さん自身が非を認めているので、部分的に削除・修正を図ることも視野に入れるべきと存じます。

オリちゃんに関する部分を「Nさん」に変えたとしても、公開した時点でSNSの読者の認識として「オリちゃん」に既に結びついており、noteで修正を図ったとしても、Twitterの各所には「Nさん = オリちゃん」を結びつける要素が残っています。それは「とつげき東北さんのツイートのみ」に限りません。

もし「現在もオリちゃん自身が望むのであれば」ではありますが、「Nさん」に関する部分は大幅に修正・削除するべきだと思います。

(なお、オリちゃん自身の希望がないにも関わらず、自身の判断だけで部分的な修正・削除をするのは、別のトラブルの原因となり得るため、避けるべきと存じます)

以上です。

三者として余計な口出しをしたこと、誠に失礼しました。

 

【追記】

以下、とつげき東北さんの謝罪文およびオリちゃんとのやり取りについて掲載します。

以上です。

 

【性的消費とは】寛容のパラドックスとインターネットスラング

f:id:yukinoko811:20220408022018p:plain

こんにちは、神崎ゆきです。

今回は「柊万知さん」という方からいくつかご指摘をいただきましたので、お答えしようと思います。

1. 寛容のパラドックスについて

以前、私は「はるかかなたさん」という方の『寛容のパラドックス~寛容さは不寛容さとどのように向き合うべきか?|はるかかなた』というnoteをシェアしました。

note.com

これについて、柊万知さんという方が引用RTでこのように仰っていました。

正直に言えば「記事をシェアするときのコメントでそんな厳密なことを言われても……」という気持ちはあります。

私はなるべく、記事のタイトルや作者名やURLも含めてツイートするようにしているので、ツイートの上限である140文字よりもさらに文字数は制限される。今回の場合は「82文字」です。その文字数で記事全体を要約するのは非常に難しい。

……っていうか、元ソースのリンクを貼っているので、あくまで「感想」の範囲としてかなり気を抜いて書いたツイートです。誰かに何かを主張しているわけでも無い。

それを「枝葉の部分が彼女のイデオロギーにとって、とても都合が良かったのでしょう」とか、勝手に内心を決めつけられてしまうのは、正直ムカッときます。

ともあれ、noteを書かれるそうなので、待ってみることにしました。

note.com

……おお、ちゃんと長文で書かれている。

ちょっと意外でした。

大体、こういう手合の方はツイートの短文で言うだけ言って、こうしてちゃんと長文で詳しく書いて下さることはないので。

……しかも、その短文に「違いますよ、こういう意味ですよ」と意見を言っても大体は無視されるし、そもそも私が書いていないことを勝手に読み取って酷い曲解を広められたりで……。

……もう、私は疲れきっていたので……。

詳しくは、こちらをご覧ください。

togetter.com

togetter.com

そんなわけで、こうして長文を書いて意見を下さった柊万知さんに、心から敬意を評します。というか、普通に嬉しい。

こうして建設的な批判を頂けるのは、ありがたい。どこぞの誰かとは違って、私は意見を長文で頂いたら可能な限りしっかりと拝見したいと思っています。その方が自分の勉強にもなりますので。

(どうしても仕事が忙しいときや、膨大に来る通知を見落としていることもあるけれど、そのときはごめんなさい)

さて、noteの内容を拝見した上で、私の意見を述べます。

もっと大切なこと、読み取るべき要旨は他にあるのに、神崎さんが当該記事から受け取ったことはこれだったのです。

"相手を"不寛容な奴"と見なして「不寛容には不寛容でなければならない。それが『寛容のパラドックス』だ」と主張する人……をたまに見かけるけど、それは違うよね?という話"

(出典:寛容のパラドックスについて|柊 万知|note

"ポパーの主張した寛容のパラドックスは、プラトンが巧みに主張した主権のパラドックス(いかなる拘束的な統制もないという意味での自由は、あばれ者が従順な者を奴隷化することを自由にするので、非常に大きな束縛(=不寛容)に行き着かざるをえないという論証)に対する論理的な反証として用いられたもの。従ってポパー全体主義的傾向を批判したのであって、もしリベラル的全体主義ポパーの寛容のパラドックスを自己正当化のために持ち出すならば、それは誤りである"

おそらく神崎さんはこの部分に着目したのではないでしょうか。「リベラル的全体主義が寛容のパラドックスを利用すべきではない」この事は神崎さんの立場にとってとても都合が良かったのです。

(出典:寛容のパラドックスについて|柊 万知|note

「都合が良かったのです」という言い方は引っ掛かりますが、私がはるかかなたさんの文章を読んで「やっぱりそうだよね、分かる分かる!」と共感はしました。

実際のところ……。

私は今まで、相手にまず「あいつは差別主義者だ」とレッテルを貼り「差別主義者とは対話をしない、してはいけない」と拒否する方を何度も見てきて、その根拠として「不寛容には不寛容でなければならないからだ」と『寛容のパラドックス』が引き合いに出される場面も、何度も何度も見てきたので……。

やはり、その部分に思うところはあります。

また、柊万知さんは「もっと大切なこと、読み取るべき要旨は他にあるのに」と仰られていますが、ここで元記事の総まとめ部分を見てみましょう。

①寛容のパラドックスはあくまで論理的パラドックスの一例である。従って寛容の概念そのものから不寛容に対する不寛容の原則を論理的に導き出すことは誤りである(別の道徳的な基礎づけを必要とする)。

ポパーの主張した寛容のパラドックスは、プラトンが巧みに主張した主権のパラドックス(いかなる拘束的な統制もないという意味での自由は、あばれ者が従順な者を奴隷化することを自由にするので、非常に大きな束縛(=不寛容)に行き着かざるをえないという論証)に対する論理的な反証として用いられたもの。従ってポパー全体主義的傾向を批判したのであって、もしリベラル的全体主義ポパーの寛容のパラドックスを自己正当化のために持ち出すならば、それは誤りである。

ポパーは真に必要がある場合は不寛容な言論及びそれを生み出す運動に対する力づくの抑圧に正当性を与えた。従ってポパーはあらゆる言論の自由をいかなる場合も保護するべきであると主張したという解釈は誤りである。

出典:寛容のパラドックス~寛容さは不寛容さとどのように向き合うべきか?|はるかかなた|note

……はるかかなたさんが「寛容のパラドックスにおける誤解」を記事の最後にまとめた部分の「3項目のうちの1つ」について、82文字の制限でまとめて投稿したわけです。

これって、そこまでおかしなことでしょうか?

一応言っておくと、私が個人的に面白かったのは①です。

「寛容の概念そのものから不寛容に対する不寛容の原則を論理的に導き出すことは誤りである」ということは「たしかに!」と感銘を受けました。

ただ、私はそれを82文字で表現する技量を持たなかった。

同様に、この「寛容のパラドックスにおける誤解」の直前にはるかかなたさんが書かれている「これまでの検討を簡単に要約すると以下の通りです」の部分に関しても、私は82文字でまとめる技量を持っていなかった。

そのため「寛容のパラドックスにおける誤解」の②か③について端的に感想を書いてツイートすることにしたのです。なお、2つの中で②を選んだことに、そこまで深い意図はありません。

さて、その82文字の中身について。

"相手を"不寛容な奴"と見なして「不寛容には不寛容でなければならない。それが『寛容のパラドックス』だ」と主張する人……をたまに見かけるけど、それは違うよね?という話"

他者の言動を不寛容だと咎める事案が発生した場合にすべきことは、それ寛容のパラドックスと違うよね?という雑な否定ではありません。
まずはそれが寛容のパラドックスの適用外であるかどうかを見極めることです。即ち咎めている側の目的が「リベラル的全体主義による統一」であるかどうかです。
もしも上記に当てはまるのなら神崎さんの言う「違うよね?」はイエスです。
「リベラル的全体主義」に当たらなければ次に確かめることは、咎めている側と咎められている側の双方の間で「相互に寛容な対話」が行われたかどうかです。咎められている側が聞く耳を持ち、相手を尊重した寛容な対話に応じたかどうか。
この対話と理解があったのならその段階で寛容のパラドックスが適用される事はありませんので「違うよね?」はイエスです。
様々な事情によって対話と理解が不可能であった場合、次に確かめるべきは棲み分けがされたかどうか…咎めを受けた側が「否定しようとするもの」との関わりを自発的に断ち、批判を自重したかを確認する必要があります。
棲み分けがされているのであれば「違うよね?」はイエスです。
いずれの場合にも当てはまらないのならそれは最後の手段、つまり「寛容のパラドックス」が適用される例となります。「違うよね?」はノーです。
つまり神崎さんの仰る「違うよね?」の答えは、咎められた側(=不寛容)の出方次第です。「違うよね?」の答えとしてイエスを得る為には、あらかじめ決められた適用外の条件を、ひとつでもクリアしていなければいけません。
咎めた側がリベラル的全体主義ではない
・寛容な姿勢での対話と理解があった(咎められる側がそれに応じた)
・棲み分けの道を選択した(咎められる側がそれに応じるか自発的に選んだ)
どれにも当てはまらないものは自由を制限され拘束されます。それはあくまでも咎められる側の自己責任です。

(出典:寛容のパラドックスについて|柊 万知|note

おそらく、これは私のツイートの言葉不足が原因です。私が「違うよね?」と否定したのは「相手を"不寛容な奴"と見なすこと」ではありません。

私が「違うよね?」と否定したのは《(対話もなく一方的にいきなり)相手を"不寛容な奴"と見なして「不寛容には不寛容でなければならない。それが『寛容のパラドックス』だ」と主張すること(そして対話を拒否しながら非難すること)》です。

うん、やはり長文は良いですね。

これで意図が上手く伝われば良いな。

2. インターネットスラングについて

他に、柊万知さんはこのようなご指摘を下さりました。

いや、めっちゃ連投してくるな、この人!?

ただ、せっかくなので説明させていただきます。まず、私は「インターネットスラング」そのものを否定しているわけではありません。

私だって、いくつかインターネットスラングミームを楽しんで使うこともあるからね。「ググる」とか「微レ存」とか「やりらふぃー」とか。

私が批判しているのは「明確な定義が存在しないインターネットスラングが何かを批判・擁護するために濫用されること」です。変幻自在の曖昧で恣意的なレッテルとして、運用されてしまうから。実際、この辺りの言葉はいつも気を遣って書いています。

togetter.com

私はジェンダークレーマーの定義』というnoteの導入部分でこのように書きました。

note.com

 これまで、何かを批判または擁護するために新しい言葉が生み出されては、実質的な意味を失っていったばかりか、濫用までされてきた実情があります。

 例えば「性的消費」という言葉は、誰も明確に定義しなかったため、「性的で、嫌だと感じた表現」に都合よく当てはめられてきました。

 それで「無意味になったから、誰も使わなくなった」なら良いのですが、そのまま整理されずに「これは性的消費をしているから、悪い」などと都合よく濫用され、いくつかの表現が実際に消されました。

 「ジェンダークレーマー」という言葉が、同じ状況に陥り、とにかく気に入らないクレームをつけた人を誰でも攻撃できるようになってしまえば、問題ありと言わざるを得ません。

(出典:ジェンダークレーマーの定義|神崎ゆき|note

「神崎さん達が作った造語」と柊万知さんは仰っていますが……。

これも厳密には違います。私は用語の提唱者ではありません。『ジェンダークレーマー』は、2022年2月1日に魔法少女天路めあさんが提唱されました。

note.com

note.com

これは素直に白状しますが……私は最初、何の気無しにこの「ジェンダークレーマー」という言葉を使いました。そのときの対象を「フェミニスト」と称するのは不適当かなと思ったので、その代替として。これが2022年2月6日のこと。

そしたら、私のツイートが「想像を超えて急速に広まってしまった」ので「ヤバい、このままだと定義が曖昧なインターネットスラングになってしまう! レッテルとして運用されてしまう危険がある!」と焦って、慌てて天路めあさんに「きちんと定義をすり合わせましょう」とお声をかけた、という流れ。これが2022年2月8日。

そこから2ヶ月ほどかけて、他に協力者3名を含めて合計5名で議論を交わして定義をすり合わせて、その定義に合わせて私がnoteを書いて2022年4月6日に公開した、という形になります。

私が「性的消費」という言葉を批判する本質は「誰もその言葉のコントロールを試みようとしなかったこと」にあります。

むしろ、私自身は一度「性的消費」の定義を試みようとしたのですが、全然上手くいきませんでした……。

「性的消費」の論点リスト

  1. そもそも性的消費は悪なのか
  2. 悪ならば、その理由
  3. 悪ならば、性的でない消費行動は悪か
  4. 性的の基準は何か
  5. 二次元と三次元で基準は異なるか
  6. 性的に該当する具体例を数点
  7. 性的に該当しない具体例を数点
  8. 基準は消費対象の性別によって変わるか
  9. 基準は消費者の性別によって変わるか
  10. 上記①〜⑨を踏まえて、性的消費とは何か

そういう経緯があったので「明確な定義が存在しないインターネットスラングが何かを批判・擁護するために濫用されること」に私は警戒心を持っていた。

なので、noteの意図としてはむしろ『ジェンダークレーマー』という用語が、明確な定義が存在しないインターネットスラングとなってしまい、何かを批判・擁護するために濫用されることを「防ぐ」ことにあります。

もちろん、SNSの全ての人の動向をコントロールできるわけもありませんが、それでも言葉が「レッテル」となることを防ぐために、自分ができることはやっておきたかった。

……そうですね、このブログを書いていて思ったのですが、ジェンダークレーマーの定義もようやく書き終えて公開できたので、この際もう1度この「性的消費の論点リスト」を投稿して問いかけてみるのもいいかもしれません。

 

 

【他者への意識】私のことが気になって仕方がない、ルドルフ=ラッセンディルさんへ|その④

f:id:yukinoko811:20220316185625p:plain

こんにちは、神崎ゆきです。

この記事は、以前の続きとなります。

yukinoko.hatenablog.jp

yukinoko.hatenablog.jp

yukinoko.hatenablog.jp

結局、最後までルドルフ=ラッセンディルさんは、私の記事の購入者さんを「1ビットな人たち」と称したことを謝って下さらず、非常に残念に思いました。

しかし、私のことをブロックしたということで、ようやくこれで変な絡まれ方をせずに済むと思っていました。

……そんなことはありませんでした。

ルドルフ=ラッセンディルさんは変わらず、私に対してブロック越しに引用RTで絡んできたり、ことあるごとに私の名前を出されたり、相変わらず私にご執心なようでした。当然ながら、こちらから絡んだことはほとんどないのに……。

 

1. ブロック越しに言及してくる、ルドルフ=ラッセンディルさん

① コンテクストと記号への反応

いや、ブロックしながら「○○では」とか言われても。

まぁ、私もブロックしている相手を引用RTしたり、お名前を出したりすることはあるので、そのこと自体は別にいいです。

しかし、これから書いていきますが「いくら何でもここまで絡んでくるもの!?」という程に、ルドルフ=ラッセンディルは私の話題を出されている……。

さすがに限度があるな……とは思います。

 

IKEA広告へのバッシング

そもそもIKEA広告の「ある家庭を肯定的に描く表現」をルドルフ=ラッセンディルさんは「家父長制的家庭・家父長制的内容」と称しておりますが、まずその時点から自明なものではないと思います。

ある表現や価値観に「家父長制」と一方的にレッテルを貼り、そして「家父長制なんて価値観は、さすがに否定されて然るべきだと思うよ」「ゴミ箱に捨てて終わりだろう」と否定するのであれば、同じやり方で何だって否定できてしまう。

あまりに他人の価値観を雑に否定していませんか。

なお、IKEA広告についての詳細はこちらに書きました。

yukinoko.hatenablog.jp

 

③ マイノリティの表現

ルドルフ=ラッセンディルさんはオタク文化の表現をステレオタイプを助長する表現」と仰っていますが、そもそも何を根拠に「助長する」と判断されているのか、甚だ疑問です。

もし仮に、オタク文化の表現が「ステレオタイプを助長する表現」だったとしたら、オタクの持つジェンダーステレオタイプは必然的に強くなるはずです。

しかし「山岡重行氏の研究報告」では、オタク群と一般群に有意な差は見られません。

 

④ コストの非対称性

ルドルフ=ラッセンディルさんは「最初のツイートとはまったく別の話になってる気が」「どうやってそう読み取ればいいのか」と仰りますが、私は「最初のツイートと全く同じ文章」を改めて送っただけです。

「そのまま読んで下さい」としか言いようがありません。

なお、このツイートは「ブロックされていない第三者のツイートを挟むことで、ブロックされている相手にもリプライをすることができる」という、ちょっとしたTwitterハックを使って、ルドルフ=ラッセンディルさんにリプライを送りました。

私が言ってもいないことを、さも言ったかのように広められるのは困るので……。

このようなTwitterハックを始めとして、マーケティングやちょっとした雑談等のコラムを『ゆきラボ』というオンラインコミュニティで毎日配信しています。

なお、このツイートで言及した「コストの非対称性」については、こちらの記事で詳しく書きました。

yukinoko.hatenablog.jp

 

⑤ 影響力と勢い

いや、そもそも無闇に人に絡んでくるのやめたらどうですか……。

私だけじゃなく、オリちゃんを始めとして色んな方に「中身のない向き」とか言いながら絡んできて、その度に周りから指摘されて、その指摘をクソリプと一蹴して呼んで改めもせず……。

あまりにも、コミュニケーションが下手すぎではありませんか……。

それじゃダメじゃんと仰るなら、最低限「それのどこがダメか、なぜダメか」を言わないと、ただの難癖に過ぎないと思います。

そして、オリちゃんから反論されたら「ピンポンダッシュのような言い逃げ」をするのも、ここまでに見てきた「ルドルフ=ラッセンディルさんのいつもの振る舞い方」です。

ルドルフ=ラッセンディルさんとしては、オリちゃんや私のことが気になって気になって仕方がないのかもしれませんが……正直に言っていい迷惑です。

ルドルフ=ラッセンディルさんの言葉を借りるなら、ルドルフ=ラッセンディルさんこそ『他者への意識』を持って欲しい。

なお、表現規制と性犯罪率に関する「海外比較」については、こちらのTogetterまとめにて書いております。ご覧いただけると幸いです。

togetter.com

 

⑥ 「プロとして──」

先日、とあるイラストレーターさんにルドルフ=ラッセンディルさんが絡んでおりました。そのイラストレーターさんはTwitter「18万フォロワー」を超えており、プロとして「商業展開」もされています。

十分な実力と目に見える実績を持たれている方だと言えるでしょう。

以下、ルドルフ=ラッセンディルさんのツイートのみ、引用いたします。

なお、途中でルドルフ=ラッセンディルさんが仰る「プロとしてーー」という台詞は、独特な文体から『ザ・ファブル』に影響されたものと推察できます。

18万フォロワーを超えており、プロとして商業展開もされているイラストレーターさんに、自分自身は何の実績も無いにも関わらず、タモリの台詞や『ザ・ファブル』の台詞を引用し、説教をされるルドルフ=ラッセンディルさん。

……見ているこっちが少し恥ずかしいです。

このやり取りを見て、ちょっと色々と思うところがありましたので、私はこのようなツイートをしました。

「ねちっこーく盛り上がる」とルドルフ=ラッセンディルさんは仰りますが……。

「これまで散々、ねちっこく絡んできたあなたにだけは言われたくない」

……と思ってしまいます。

あと、ルドルフ=ラッセンディルさんのツイートが相対的に「盛り上がっていない」のは、スタイルがどうとかいう問題ではなく、ただ単に「あなたの意見が周りの同意を得られていないだけ」ではないでしょうか。

これは隠していることではなく普通に公言しているのですが、私は『Social Dog』というツールを利用して「神崎ゆき」「神崎さん」「神崎」辺りの言葉はフリーワード登録をしており、それらを含む投稿はザッとチェックしています。

私のフォロワーさんの数は現在1.5万人を超えており、この規模までくると「直接文句を言ってくる人」よりも「好き勝手にあることないこと陰口を言う人」の方が困るので、その対策として導入しているのです。

それにしても、本当にルドルフ=ラッセンディルさんは『ザ・ファブル』にご執心ですね。とても面白い漫画なので「なりきり」のロールプレイをしたくなる気持ち自体は私も理解します。

 

⑦ 有料noteについて

とつげき東北さんの有料記事で私がオススメしたのは、2つあります。

まず1つは、有料部分にあるコンピュータ・シミュレーションをするプログラムのソースコードが欲しかったから購入しました。

note.com

もう1つは、とつげき東北さんが提案される「表現の保険システム」が、私が以前にnoteで提案した基金の構想と通じるものがあったので、内容を知るために購入。

note.com

なお、私の「基金」の構想は以下のnoteにて。

もしかしたら、表現の自由表現規制について突き詰めて考えていくと、最終的に似たような構想に辿り着くのかもしれません。

note.com

……と、私自身がちゃんとした理由があって身銭を切って購入し、それをオススメしているだけなので、それをもって「商売人アンフェ」と仰るのは筋違いでは……。

また、私が「アンフェ」すなわち「アンチフェミ」かと聞かれたら、かなり微妙な気がします。フェミニズムそのものを肯定こそしませんが、他人に迷惑をかけないのであれば「好きにすれば?」と思うので。

……そう、他人に迷惑をかけないのであれば。

フェミニストジェンダークレーマーが表現をバッシングしてくるから、それに反論しているに過ぎません。ルドルフ=ラッセンディルさんの方から私に絡んでくるから、こうして対応しているのと同様です。

前述しましたが、私がルドルフ=ラッセンディルさんへのリプライで有料記事を貼るのは「何度も何度も変な絡み方をされて、私ばかりが嫌な気分になって損するのも何なので、せめて宣伝として活用しよう」と思ってのことです。

ぶっちゃけた話、私はフリーランスで働いているので、有料noteを書いている時間を本業に充てた方が、遥かにずっと稼げます。

私が無料公開後しばらくして返金申請可能な有料記事にしている理由はいくつかありますが、別にお金儲けが目的ではありません。

 

表現の自由戦士の良心

正直、私も「良心」と言えるほど善良な投稿をしているわけではありませんが、そもそも前述した「アンチフェミ」と同様に、私が「自由戦士」すなわち表現の自由戦士であるかどうかの時点から、かなり微妙なラインです。

dic.nicovideo.jp

私は原理主義的に「表現の自由」を掲げているわけではありません。

どちらかと言えば関心があるのは、表現バッシングやジェンダークレームに付随する、SNSの誹謗中傷問題です。

note.com

いずれにせよ……。

「わからない」と言いながら用語の意味や事実関係を確認せず、他人にねちっこく絡んでくるルドルフ=ラッセンディルさんに「粗い屁理屈」とは言われたくありません。

あなたは私をブロックしたのだから、もういい加減にして関わってこなければいいのに……。

絡んだり話題に出したりするなら、まず私の記事をご購入下さった方々を「1ビットな人たち」と称されたことを、謝ってからにして欲しい。

また、この段階まで来てしまうと……。

私の方からルドルフ=ラッセンディルさんをブロックしたとしても、余計に状況が悪化して好き勝手にあること無いこと言われる懸念があるので、非常に対応に困ってしまう。

「コストの非対称性」のときのように、私が言ってもいないことを「言ったこと」にされて噂が広まってしまったら、もう手がつけられません。

なので、現時点で私にできることがあるとすれば、こうしてブログに『記録』として残すことくらいです。

 

⑨ イラストと服装

"その推測された「意図」が妥当かどうか、またそれを口にする場が適切かどうか、が勘案される"

……と、ルドルフ=ラッセンディルは仰るけれど、それは私が比較した「このイラストからは女性蔑視の意識が透けて見える」「こんな服装するのは誘う意図があったに違いない」の両者に言えるわけで。

その点においては、両者に大きな違いは出ないのではないでしょうか?

そして。

"「二次元の創作されたキャラクター」と「現実の人間」の区別ぐらい、いい加減につけましょうよ、でおしまいだが"

この対比は、何だかおかしいなと思います。

「二次元の創作されたキャラクター」に対応するのは「服装」です。
「作者」に対応するのが「現実の人間」です。

「このイラストからは女性蔑視の意識が透けて見える」と責める人は、しばしば「イラストを批判しているだけで、作者の非難はしていない」と言いますが……。

「こんな服装するのは誘う意図があったに違いない」と責める人が「服装を批判しているだけで、着ている人の非難はしていない」と言っていたら……。

さすがにその主張は通らない、とは思いませんか?

あと、細かいところですが……。

「2a = -5000a」という等式は、aに「0」を代入すれば成り立ちます。

おそらく、ルドルフ=ラッセンディルさんは「不合理な例」として「2a = -5000a」を提示しているのだと思いますが、それなら等式として成り立たないものを例として出さないと、不適当ではないでしょうか?

他にも。

"本当に楽な商売だね。こんな適当な話でたくさんいいねもらえて、有料noteに誘導できるなら。(儲かってるのかは知らんが)"

……ここまで「商売」とか「有料note」とかに何度も言及されるということは、ルドルフ=ラッセンディル自身が「儲ける」ことに「相当なこだわりがある」のかな、と思ってしまいます。

楽に儲けるだけなら、もっと簡単に稼げるやり方はいくらでもあります。でも、別に私がnoteを有料にしているのは儲けることが目的ではありません。

そもそも、楽に稼ぐだけならnoteを「返金申請可能」に設定することも、さらに「返金申請可能だとわざわざ記事の冒頭に書く」こともしません。

note.com

いくつか細かな目的はありますが、大きなもので2つ。

まず1つは「有料noteを購入した人がどの程度いるか」という数字の把握。

Twitterの「いいね」やnoteの「スキ」比べて「実際にお金を出す」というハードルが高い行為を通じて、私が発信する内容がどれほど信用されているか、それを図ることができる。

もう1つは「有料noteを購入して読んだ上で返金した人がどれ程度いるか」という数字の把握です。むしろ、こちらの方が重要かもしれません。

私はすべてのnote記事を「返金申請可能」に設定し、それを記事の冒頭にはっきりと明記しています。

その理由は「ちゃんと記事を読んだ上で『お金を払うまでもなかったな』と返金した人の数」という数字こそ、私にとっては「最も有益な情報」だからです。その数字を指標にすることで、記事のクオリティを客観的に測る目安となります。

私は以前に「お金とは信用の証である」と言いましたが、それはこういうことです。お金は何よりも正直であり、雄弁に読者の本音を語ってくれます。

お金そのものではなく、お金を通して得られる「情報」にこそ、単に「儲ける」以上に価値があるのです。

……まぁ。

ルドルフ=ラッセンディルさんは無料のnoteであっても「中身は未読。読む予定もなし」と言いながら、相手を批判して「読むことをお勧めしません」と仰る方なので、そもそも有料か無料か以前の問題なような気もします。

ともあれ……。

私が願うのは、ルドルフ=ラッセンディルさんがちゃんと私の記事の購入者さんに真摯な謝罪をされること。そして、オリちゃんや私にもう関わってこないこと。

もう本当に、ただこれだけです。

 

2. ブログ公開後、ルドルフ=ラッセンディルさんの反応

このブログの公開後、ルドルフ=ラッセンディルさんからこのような反応がありました。

まず、正直に言ってルドルフ=ラッセンディルさんをブロックしたいのは山々なのですが、それにより「さらに事態が悪化する」ことを懸念しています。

今までの絡まれ方を踏まえて考えると、私の方からブロックしたとしても、陰で好き勝手にあること無いこと言われるのが、目に見えているので……。

以前に書いた通り、ルドルフ=ラッセンディルさんは私が言ってもいない発言を「言った」として主張をされることがあるので、その主張が広まると手がつけられなくなります。

その人のフォロワー数や影響力に関わらず、何かの拍子で唐突に誤情報・虚偽情報が拡散されてしまうのがTwitterです。それは結構、恐ろしい。

私が「ビビる理由」はそういうことです。私がルドルフ=ラッセンディルさんにビビっているのは「相手の主張を読まずにあること無いこと仰るから」です。言ってしまえば、Twitterというプラットフォームの特性への警戒心となります。

はっきり言いますが「これだけ長期間に渡り絡んでくる」かつ「私の記事の購読者さんを貶めてきた人」は、ルドルフ=ラッセンディルさん1人だけです。

たしかに、nowheremanさんも私によく言及することがあり、私と意見が異なることも度々ありますが……。

まず、私が返答すればnowheremanさんはちゃんと会話に応じて下さります。

ルドルフ=ラッセンディルさんのように「よくわからないが」と絡んできて、こちらが返答してもピンポンダッシュのような言い逃げをすることはありません。

そして、私に対して「クソみたいな分析」「ファナティック(狂信的)」「ネットトロール活動」「ネットリンチ」「ナイーブ(無知)」「1ビット脳」「クソまとめ」「犬笛煽り」と言ってくることも、私の記事の購読者さんを「1ビットな人たち」と貶めることもありません。

私がnowheremanさんを擁護するのも筋違いかもしれませんが、一緒にしないでいただきたいと、個人的には思います。

……しかし、noteではなくはてなブログなのに、ルドルフ=ラッセンディルさんは「こんなことでまたnote書くんだ」と言ってしまうあたり、中身は未読。読む予定もなし。そして読むことをお勧めしませんと仰っていたときと同様、そもそも文章を読んでいらっしゃらないのだと思います。

あと、私をブロックしたにも関わらず「頻繁に流れてくる」のだとしたら、それは「ルドルフ=ラッセンディルさんのTL構築が下手」なのではないかと思います。

ご自身がフォローするアカウントを整理してはいかがでしょうか?

正直、私の落ち度としては「もっと早めにブロックをしておくべきだった」とは思います。今からでもブロックして状況が改善する保証があるなら、したいのです。

でも現状、そんな保証はどこにもない。

「そちらからブロックしたにも関わらず、以前として何度も言及してくる人」に、今さら「わざわざログオフしてまで、人が何言ってるか覗いたりするほうではない」と言われても、信用性に乏しく思います。

そうでなくとも。

オリちゃんが「セクハラやめてほしい」「やめてください」と言っても、ルドルフ=ラッセンディルさんは未だに絡み続けているわけで。

私の方から絡んだことは一度もなく、何度も絡まれたから対応してるだけなのに、それを「犬笛煽り」を仰られても……。

単純に「私を支持して下さる人が、ルドルフ=ラッセンディルさんを支持する人よりも多い」という話ではないかなと思います。

……というか、ルドルフ=ラッセンディルさんはクソリプがうざい」と仰りますが、ここまでに挙げてきたような失礼で雑な絡み方を誰彼構わずやっていたら、そりゃ批判されますよ……。

「自分が自分の考えで言ったり行動していること」の文脈と、「それが客観的な目線からどのように映るか」を、他ならぬルドルフ=ラッセンディルさん自身が分かっていらっしゃらないのではないでしょうか。

他者への意識』を持っていただきたいです。

また、以前も書いたのですが……「本当に気にしていない方」であれば、わざわざ「神崎なんとか」とか「神崎なにがし(というアカウントをやっている人物)」という書き方をすることは、あまりないものと存じます。

私のツイートが流れてくるTLを自分自身で構築して、ブロックしているから私のツイートは見ようとしなければ見えないはずなのに、見かける度に突っ込まずにはいられない……ルドルフ=ラッセンディルさん……。

ともあれ、私の方からあなたをブロックするとしたら……。

私の記事の購読者を「1ビットな人たち」と馬鹿にしたことを撤回して、謝罪していただいてからになります。

ルドルフ=ラッセンディルさんが、私に対して「クソみたいな分析」「ファナティック(狂信的)」「ネットトロール活動」「ネットリンチ」「ナイーブ(無知)」「1ビット脳」「クソまとめ」「犬笛煽り」と仰ったことは、全て「不問」にします。

もし、私がルドルフ=ラッセンディルさんをブロックして、今よりも余計に状況が悪化したとしても「もっと早めにブロックをしておくべきだった」という私自身の落ち度として受け入れます。

しかし、私の記事の購読者さんを馬鹿にしたことだけは、どうしても看過できることではありません。

このことを撤回・謝罪していただいて、後はもうお互いに関わらない。それが最も良いのではないかと思います。

何卒、よろしくお願いします。

【他者への意識】私のことが気になって仕方がない、ルドルフ=ラッセンディルさんへ|その③

f:id:yukinoko811:20220316185433p:plain

こんにちは、神崎ゆきです。

この記事は、以前の続きとなります。

yukinoko.hatenablog.jp

yukinoko.hatenablog.jp

1. 記事の公開後、ルドルフ=ラッセンディルさんの反応

ここまで書いてきた内容は、以前にTogetterで書いたもの(現在は非公開)です。そのTogetterを公開したときの、ルドルフ=ラッセンディルさんの反応を載せさせていただきます。

まず、なぜかルドルフ=ラッセンディルさんは、私の方ではなく、青識亜論さんの方にお返事をされています。

「自分の方から絡んでおいて、回答をすると返答をしない」という、今までのルドルフ=ラッセンディルさんの行動様式と同じです。

そして、ルドルフ=ラッセンディルさんは「ゴン界隈のクソまとめ」と評されておりますが、この記事の冒頭でも書いた通り、私はトゥーンベリ・ゴンさんと相互フォローの関係ではありますが、何も全て同調しているわけではなく、むしろ意見としては対立することが多いです。

そして、これはトゥーンベリ・ゴンさんだけに限りません。他の方でも、意見がしばしば対立する方で、私と相互フォローの関係にある方は何名もいらっしゃいます。

いったい、ルドルフ=ラッセンディルさんは何をもって「ゴン界隈」と称されているのか、不明です。

また、ルドルフ=ラッセンディルさんは「誹謗中傷まとめ」と非難されておりますが、まず具体的にどこがどのように「誹謗中傷」なのかをご指摘頂けないと、修正しようがありません。

加えて、ご自身は「クソみたいな分析」「ファナティック(狂信的)」「ネットトロール活動」「ネットリンチ」「ナイーブ(無知)」「1ビット脳」「クソまとめ」という強い非難の言葉を使用されながら、相手の言動を「誹謗中傷」だと仰られても……。

その人自身の「誹謗中傷」に対する認識そのものに信用性が欠けてしまうので、気をつけた方がよろしいのではないかと存じます。

誹謗中傷というのは「まず自分がそれに気をつける」「次に自分の周りに注意する」という方法でしか、無くなることはありません。

note.com

だからこそ、私もnoteの公開時に「揶揄的なリプライや引用RT、またルドルフさんへの誹謗中傷は謹んで頂けると幸いです」と注意喚起をしたのです。

Togetterまとめの公開時も、私の言葉が行き過ぎている部分があり、その点についてコメントでご指摘がありましたので、その指摘を受けてすぐに当該部分を修正いたしました。

さて、もう1つ。

ルドルフ=ラッセンディルさんが、こちらの方のツイートを引用されておりましたので、恐れ入りますが言及させて頂きます。

まず、ルドルフ=ラッセンディルさんが、例えば「セクハラ被害者の気持ちや二次加害の可能性よりも、誹謗中傷を含めた表現の自由を重視すべきだ」という立場であれば「客観的に見て様態としての昭和のセクハラ」と本人に言ったり、それを広めたり、一切の配慮をせずに自由な発言をしていたりしても、整合性が取れているでしょう。

しかしながら、ルドルフ=ラッセンディルさんは「誹謗中傷」に問題意識を持たれており「現実のセクハラ被害を矮小化するもの」「性的な揶揄を入れられて辱められた人」「セクハラを隠蔽された被害者」「セクハラについて告発することを阻害するもの」「現実に被害を受けているひとの苦しみ」にも、強い懸念を示されています。

その立場でしたら、第一にセクハラにおいて「被害者(の可能性がある人物)」の気持ちを優先すべきではないでしょうか。

目の前のセクハラの「被害者(の可能性がある人物)」を蔑ろにしているにも関わらず、どうしてセクハラ被害の告発阻害や苦しみを無くすことができるでしょうか。

繰り返しますが「言っていること」と「やっていること」が乖離しているのです。

「目につく限り突っ込んでるだけ」と仰る、ルドルフ=ラッセンディルさん。

これは言い換えると、ルドルフ=ラッセンディルさんは「よくわからない」と自覚があるにも関わらず「目についたら何らかの突っ込みをいれ、思わずちょっかいをかけずにはいられない性分だ」ということなのでしょうか。

しかし、これは私だけでなく、オリちゃんに対してもそうなのですが……。

コンテクストに関しても、第三者による適切なセクハラ対応の知識も、エコーチェンバー効果も、私たちは『買われた』展の展示内容も、ポニーテール禁止の校則についても、多様性に関しても、科学的思考に関しても、経済効果に関しても……。

いずれも誤った認識を持っていたり、あるいは事実関係を確認しておらず「よくわからない」にも関わらず、そして「やめてください」とはっきり言われているにも関わらず、なぜか自信たっぷりに、こう仰る。

"「他者」への意識。
それが、君たちに決定的に欠けているもの
"

……そんな不合理な非難のされ方をされたら、せめて有料記事の宣伝として活用させて頂きたくもなります。絡まれるだけ、損ですから……。

前述の話とも類似しますが、ルドルフ=ラッセンディルさんが例えば「他者への意識なんか配慮することよりも、自由な発言の方が優先されるべきだ」という立場であれば、この振る舞いも整合性が取れていると言えます。

しかし、ご自身が「他者への意識」を求められるのであれば……。

ぜひ、まずはご自身が「他者への意識」への配慮を持ち、それを踏まえた振る舞いを実践して、行動で示されたらいかがでしょうか。

……ところで。

「本当に気にしていない方」であれば、わざわざ「神崎なんとか」という書き方をすることはあまりないと思うので、逆説的に「別に全然気にしていないんですけど!?」とムキになっている様が伺えて、少し可愛らしくはあります。

 

2. それでも、私に絡んでくるルドルフ=ラッセンディルさん

結局、ルドルフ=ラッセンディルさんには、私の記事の購読者の方々へ向けて「1ビットな人たち」と侮辱したことを、現在まで謝罪していただけていません。

どうやら、ルドルフ=ラッセンディルさんはご自分が「ネットトロール活動・ナイーブ(無知)・1ビット脳・クソ」と言ったことに関しては『個別行動への非難、批判』と認識されていて、一方で私の記事は『個人攻撃』と認識されていらっしゃるようです。

この「感覚がわからん」というのは、これまでに何度もあった「"わからない"という婉曲的な批判方法」と同様、「自分の価値観や考え方こそがスタンダード」と置くことで相手を批判する、ルドルフ=ラッセンディルさんの特徴の1つです。

また、私はここまでに相当慎重に言葉を選んでおりまして、さらに「行き過ぎ」とご指摘を頂いたものは速やかに修正しました。

極力、ルドルフ=ラッセンディルさんに対して強い言葉で「加害者だ!」と糾弾する言動は、避けているのです。

それにも関わらず「延々と悪口を言って盛り上がってる」と称されてしまうのは、あまりに悲しく思います。

そもそも、私がルドルフ=ラッセンディルさんへの誹謗中傷をしないように、Twitterやnoteで注意喚起したときでさえ、ルドルフ=ラッセンディルさんは「ネットトロール活動」「ネットリンチと非難されている。

一体、どうすればいいのでしょうか。

私としては、ルドルフ=ラッセンディルさんが私の記事の読者を1ビットな人たちと馬鹿にしてことを、謝っていただきたいのです。

あと、オリちゃんは絡まれるのを凄く嫌がっているので、やめてあげて欲しいという気持ちもある。

ネットでのトラブルは、有耶無耶のままで終わってしまう。それを避けるために、こうして記録に残しています。

ですが……。

私は「誹謗中傷・ストーカー・粘着・デマ・嫌がらせ・ネットリンチ・脅迫・吊し上げ・扇動・ハラスメント・攻撃」とレッテルを貼り、それによって相手を糾弾する『被害者を装う加害者』を批判しています。

そのため、私はそれを可能な限りさけて、安易に「誹謗中傷だ」という糾弾もせず、可能な限り丁寧で穏当な言葉を選んで伝えるようにしているのです。

一体、ルドルフ=ラッセンディルさんは私の主張のどこから……

"自分のやってることが「誹謗中傷・ストーカー・粘着・デマ・嫌がらせ・ネットリンチ・脅迫・吊し上げ・扇動・ハラスメント・攻撃」のどれかに当てはまるものばかりだという自覚は、おありらしい"

……ということを読み取ったのか、不可解です。オリちゃんに対してもそうでしたが、せめて「書いてあること」に言及して欲しい……。

また、このツイートはルドルフ=ラッセンディルさんが引用RTする「1ヶ月以上前」に投稿したツイートです。

……わざわざ1ヶ月以上も前のツイートを探してきて引用RTをするほど、ルドルフ=ラッセンディルさんは私のことが気になって気になって仕方がないのか……ということは伺えます。

最近でも、ルドルフ=ラッセンディルさんは、どうしても私に絡むことを我慢できないようで、他の話題でも引用RTをされていました。

ルドルフ=ラッセンディルさんはこのように仰っていますが……。

特定の価値観の女性を「名誉男性」と揶揄する記事を、企業が運営するメディアに掲載していた事例は、これまでに何度もあります。

さらに、政治家が特定の女性に向けて「名誉男性」とレッテルを貼っていた事例も。

ルドルフ=ラッセンディルさんは、その辺りの事情は詳しくご存知ないようですが、以下の記事に詳細をまとめてあります。

note.com

さらに、このようなこともありました。

これまでに何度も何度も、ルドルフ=ラッセンディルさんは「わからん」と堂々と述べながらオリちゃんや私の投稿に言及されていたことを考えると、これは「自戒を込めて」という意味でしょうか……。

以前、オリちゃんに対して……。

"「偶発的に誰かが傷ついてしまうこと」と、「一般的に傷つけてしまう可能性が高いこと」の区別がつけられるようになってから、「表現」するようにしようね"

……と、ルドルフ=ラッセンディルさんが仰ったときと同様、「言っていることが、そのまま自身の言動に当てはまる」ので、上記の「わからん」ツイートは周りから指摘されたようですが……。

しかし、ルドルフ=ラッセンディルさんは、なぜ自分が批判されているのか、どうやら本当に分かっていないご様子です。

ところで、私やトゥーンベリ・ゴンさんのことを「ゴン」「神崎」あるいは「神崎なんとか」と呼び捨てにするのに、オリちゃんだけは「オリちゃん」と呼ぶルドルフ=ラッセンディルさんに、個人的にはジワジワと面白みを感じてしまいます。

他に呼びようが無いので、仕方がないとは思うけど……。

それはともかく、何度も何度も自分の方から突っ込んできて、その言動や振る舞いに対して私のフォロワーさんから指摘されたら「fanatic:狂信的」「idiotic:間抜けで愚かな」と称するのは……。

シンプルに失礼ではないでしょうか。

ここまでに述べてきた通り、ルドルフ=ラッセンディルさんは用語の意味や事実関係について「本当に何もわかっていない」という状況でも「わからない」と言いながら絡んできています。

「ちょっと何言ってるのかわかりません」が婉曲的な皮肉として通じるのは「普段はしっかりとお互いに理解する姿勢で対話されている方」がたまに使用するからこそ。いつもいつも「わからない」と言ってばかりのルドルフ=ラッセンディルさんが仰っても、あまり効果的ではないように思います。

そして、なぜか。

私がずっと求めている「私の記事の購読者を馬鹿にしたことへの謝罪」に、ルドルフ=ラッセンディルは全く言及されていない。その部分が、一番触れてほしいのに……。

なるべく丁寧で穏当な言葉を心掛けて書いたのですが、謝って頂けないどころか「誹謗中傷まとめ」と呼ばれてしまうのは、やはり悲しく思います。

そして……。

ルドルフ=ラッセンディルさんは、これまで何度も自分の方から私に絡んできていたにも関わらず、なぜか私をブロックすることにしたようです。

……このように、ルドルフ=ラッセンディルさんに「誹謗中傷・粘着行為」「嫌がらせ粘着」と言われて、ブロックされてしまいました。

私の方から絡んだことはほとんど無いのに……。

ルドルフ=ラッセンディルさんは「自分は好きに絡むけれど、それに対して反論してくるのは嫌がらせで粘着行為だ」と仰っしゃりたいのでしょうか……。

また、ここまでにも述べてきたことですが「理解に苦しむ」という婉曲的な批判は「これまでに対話を積み重ねてきて、ちゃんと相互理解ができる人」が言うからこそ、説得力があるのです。

オリちゃんや私に一方的に絡んできて、返答にはスルーする方がそれを仰っても、響くものではありません。

なお、ルドルフ=ラッセンディルさんが「屁理屈ァー」と称されている青識亜論さんに関してなのですが……。

先日、ルドルフ=ラッセンディルは青識亜論さんが書かれたnoteに関して、このように仰っていたことを併記させていただきます。

記事の内容を読んで頂ければ分かると思うのですが、実際の青識亜論さんの主張は、端的に言えば「キャンセルカルチャーにキャンセルカルチャーで対抗するのではなく、キャンセルカルチャーの被害に遭った企業を応援するエンカレッジカルチャー(応援文化)で対抗しよう」という趣旨です。

この主張に対して、当然ながら異論・反論はあると思います。私も全面的に賛同しているわけではありません。

しかし、ルドルフ=ラッセンディルさんのように「中身は未読。読む予定もなし」と言いながら「おまえもキャンセルすんのかい」と趣旨と全く異なる突っ込みをして「読むことをお勧めしません」と仰るのは……。

屁理屈より以前の問題ではないでしょうか。

しかし別に、私は屁理屈だとか揚げ足取りだとか言われていることに抗議しているわけではないのです。

……いえ、正確に言うと……私も人間なのでイラッときてはいるのですが……別にそこまで気にするほどのことではないな……という所でしょうか。

私のTwitterフォロワー数は1万人を超えているので、この規模になると様々な方から好き勝手な事を言われるのは、ある程度は仕方がない部分もあります。

しかしながら、ルドルフ=ラッセンディルさんが、私の記事の購読者さんを「1ビットな人たち」と馬鹿にしたことは看過しがたい。きちんと、謝罪と撤回をして欲しい。

ともあれ、ここまでに謝罪と撤回をいただけなかったことは非常に無念ではありますが、ルドルフ=ラッセンディルさんが私をブロックしたことにより、もう今後は私に関わってくることはなくなるでしょう。

……と、思っていた私が間違いでした。

ルドルフ=ラッセンディルさんはこれ以降も、ことあるごとにブロック越しに私の投稿に言及してきて、関わってくる方でした……。

続きはこちらです。

yukinoko.hatenablog.jp

【他者への意識】私のことが気になって仕方がない、ルドルフ=ラッセンディルさんへ|その②

f:id:yukinoko811:20220316185238p:plain

こんにちは、神崎ゆきです。

この記事は、以前の続きとなります。

yukinoko.hatenablog.jp

主な登場人物

神崎ゆき:私。ルドルフ=ラッセンディルさんによく絡まれる。

オリちゃん:ルドルフ=ラッセンディルさんによく絡まれる。

トゥーンベリ・ゴンさん:ルドルフ=ラッセンディルさんに「ゴン界隈は〜」とよく話題に出される人。具体的に「ゴン界隈」が何なのかは不明。

青識亜論さん:ネット論客。ルドルフ=ラッセンディルさんによく絡まれる。

1. ルドルフ=ラッセンディルさんによる、オリちゃんへの絡み

セクハラ騒動の後も、ルドルフ=ラッセンディルさんは事あるごとにオリちゃんに絡みに行っていたようです。

「セクハラやめてほしい」と言われた相手に対して、自分から何度も絡みに行くのは、謹んだ方が良いのではないかと思います。

「積極性がある」とは言えますが、あまり手放しに称賛できることではないでしょう。

 

① 私たちは『買われた』展に関する投稿

ルドルフ=ラッセンディルさんは「私たちは『買われた』展」を"あくまで「買い手の問題」を指摘してる"と仰っていますが……。

オリちゃんが指摘する通り、前回の展示内容は「売らざるを得なかった少女の心境や生い立ち」がメインです。

「買われた」というセンセーショナルな言葉によって、展示内容の本質が誤って伝わってしまうのではないか、というのがオリちゃんの懸念なのですが……。

ツイートの内容を鑑みるに、ルドルフ=ラッセンディルさんは「私たちは『買われた』展」の内容そのものをご存知ないのでしょう。

そのセンセーショナルな題名から"あくまで「買い手の問題」を指摘してる"と思い込みをされており、まさに「オリちゃんが懸念した通りのこと」が起こっています。

また、セクハラ騒動の頃からそうなのですが、これ以降もルドルフ=ラッセンディルさんはオリちゃんに対して「言いたいことだけ言って、相手が回答したら返答しない」という傾向があるようです。

 

②「ポニーテール」に関する投稿

このように、ルドルフ=ラッセンディルさんは「よくわからない」と言いながら、わざわざ絡みに来て批判をすることがよくあります。

疑問ではなく婉曲的な批判として「よくわからない」という言葉を使う場合、自分では「相手の文章力が乏しい」と批判しているつもりでも……。

三者から見たときに「自分にはそれを理解できる知識と能力が無いと言いながら、妙に堂々と自慢気にしている人」だと受け取られることもあります。

もし日常的にやっているなら、少しその口癖は気をつけた方が良いのではないかと、個人的に心配になります。

 

③ オリちゃんが書いたnoteに関する投稿

この投稿は、前述した「私たちは『買われた』展」について、オリちゃんが書いたnoteに関するものです。

note.com

このnoteでは「売春女性の起源」として「巫女起源説と外来民起源説がある」という宗教の話題も取り扱われています。宗教も含め、様々な観点から多面的に、性を「売る」と「買う」の背景について考察されている記事です。

しかし、なぜか……ルドルフ=ラッセンディルさんは、全く違う話題だと勘違いして絡んできます。

"「他者」への意識。
それが、君たちに決定的に欠けているもの"

ルドルフ=ラッセンディルさんはこのように仰っておりますが、そう仰るご自身は「よくわからない」と言いながら、思い込みだけで内容を確認せず相手を非難してしまう。

それは、果たして『他者への意識』がある行動なのでしょうか。それこそ他者に「決定的に欠けている」と指摘するわりに、ご自身はその辺りに気を配っていらっしゃらないのか……。

……さすがに、オリちゃんが可哀想になってきます。

『他者への意識』、持って欲しいです。

 

④ 「誰も傷つかない表現」に関する投稿

なぜ、ルドルフ=ラッセンディルさんが「至極普通のことしか言っていない」にも関わらず、こんなにも批判されてしまうかと言えば……。

周りから見て、ルドルフ=ラッセンディルさんが「偶発的に誰かが傷ついてしまうこと」「一般的に傷つけてしまう可能性が高いこと」の区別をつけた言動をされているとは、到底思えないからではないでしょうか。

言っていることが、そのまま自身の言動に当てはまるのです。

ここまでに挙げてきた通り、ルドルフ=ラッセンディルさんが思い込みや勘違いで決めつけて非難してくることを、オリちゃんは相当嫌がっており「やめてください」とはっきり明言しています。

嫌がっている相手に執拗に絡みに行くのは「一般的に傷つけてしまう可能性が高いこと」に該当します。

さらに、何度も何度も自分の方から絡みに行っているにも関わらず……。

ルドルフ=ラッセンディルさんは「セクハラ騒動」のときと同じように「ぶわ。袋叩き。この人にからむと、即これだ。おおこわ」という「被害者は自分」の意識を持たれていらっしゃるようです。

 

2. ルドルフ=ラッセンディルさんによる、私への絡み

オリちゃんも私も、自分の方からルドルフ=ラッセンディルさんには関わりたくないので、自分から絡みに行くことはほとんど無いのですが……。

どうやら、ルドルフ=ラッセンディルさんは私たちのことが気になって気になって仕方がないようです。

オリちゃんに関してはここまでに取り上げてきた通りですが、ルドルフ=ラッセンディルさんは私にもよく絡んできます。

 

① 読解コードに関する投稿

冒頭での「コンテクスト」の話と同様で、私は

"「これは萌え絵であり性的側面の強調で女性の客体化である」という読解コードの存在をもって、「雰囲気」「関係性」という読解コードを否定することはできない"

という趣旨で述べているのですが、なぜかルドルフ=ラッセンディルさんは

"「その読解コードの存在をもって、そうじゃない読解コードの存在を否定することはできない」ということをどうしても理解しない"

と、「私と同じ主張をしながら私の主張を批判する」という、非常に奇妙なことをされています。

また、前述した「セクハラ騒動」は、まさに「読解コードの齟齬」によって生じたものだと思うのですが、分かったうえで言っていらっしゃるのか、そもそも分かっていらっしゃらないのか……。

 

② エコーチェンバー効果についての投稿

上記の投稿でも述べた通り、エコーチェンバー効果(あるいは、エコーチェンバー現象)というのは、そもそも「閉鎖的空間内でのコミュニケーションが繰り返されることにより、特定の信念が増幅または強化されてしまう状況」を指します。

なので、具体的な数値に関して言及するルドルフ=ラッセンディルさんの使い方は誤用と言えるでしょう。

また、エコーチェンバー効果を正確に観測するには、ネットワーク・クラスタリング分析が必要ですが、そのクラスタ(あるいは、界隈)の規模から、ある程度の目算をつけることは可能です。

例えば、「表現の自由」に関するクラスタの代表的なインフルエンサーとして青識亜論さんがおりますが、彼のフォロワー数は4万人程度。

定義としては「マイクロインフルエンサー」に該当します。そこから推測できるクラスタの規模は、Twitterの様々なクラスタの中では「比較的小さなクラスタ」に入ります。

そして、これはウェブ広告マーケティングでよく使われる概念なのですが、一般にPV(Page View)数に対するCTR(クリック率:Click Through Rate)は10%が相場です。

1回のツイートが4万人に届くとしたら「4,000いいね」を目安に、そのツイートが「クラスタの壁」を超えているかどうかを(あくまで概算ではありますが)推測することができるのです。

「1.4万いいねを超えたツイート」および「6万筆を超えた署名」は、ルドルフ=ラッセンディルさんが誤用された「エコーチェンバー効果」には該当しないのですが……。

いったいなぜ、ルドルフ=ラッセンディルさんは、こんなにもご自身の主張に自信を持たれていたのでしょう?

なお、この後は返信がありませんでした。

 

③ 作者の意図に関する投稿

私のフォロワーさんは1万人以上いるので、通知が常に「20+」を超えており、引用RTやリプライを見落とすこともよくあります。なので、このツイートもまとめを作っているときに気づきました。

本当に、ルドルフ=ラッセンディルさんはよく絡んで来られます。

その積極性には目を見張るものがありますが、そんなに私のことが気になって気になって仕方がないのでしょうか……。

 

④ 多様性に関する投稿

そもそも、私の投稿は全国フェミニスト議員連盟が記者会見にて「だれにとってもよりよい社会を形成するために努力し、多様性に配慮するのは言うまでもありません」「みんながそんなに不快に思わない、共有していける社会を探していきたい」と語ったことを踏まえて……。

「いやいや、多様性って『みんなが不快に思わない社会』のことなの?」という疑問を持って投稿したツイートです。

ルドルフ=ラッセンディルさんは、また何らかの勘違いをされて……。

"本当、「ツイフェミ」やKutoo運動やフェミニスト議連の主張がいくら「不快」でも、容認して欲しいもんだよね。"

……と仰っていますが、私は「多様性とはこうである」と言っているに過ぎず「多様性を目指そう」とは言っていません。

生物多様性」で考えてみても……。

「多様性に乏しい極寒の地」に比べれば「多様性が溢れる温暖なジャングル」は生物全体としては生きやすい自然環境ですが、個体としての生存競争は熾烈になっています。これは生物多様性だけでなく、人間社会の多様性も同様です。

また、私は「多様性そのもの」「多様性を目指すこと」「多様性戦略」は全て別物だと捉えており、これらの混同が「多様性社会はみんなが不快に思わない社会だ」という勘違いを引き起こしたのではないかと考えています。

note.com

 

女性差別に関する投稿

この件に関しては、ルドルフ=ラッセンディルさん以外の方からもご指摘を受けており、私の書き方が悪かったなと訂正を入れております。

前述の「多様性」に関するnoteでも具体例をいくつか取り上げたのですが、表現の関するバッシングでは……。

かなりの頻度で「クリエイターおよび企画者は男性だ」「男による女性蔑視の意識が透けて見える」という決めつけによって、非難が行われます。

「しかし、実際のクリエイターや企画者は女性だった」という事例が枚挙にいとまがない。その状況を疑問視しての投稿でした。

note.com

 

⑥ 科学的根拠に関する投稿

ここでも「当然」「ごく当たり前」という言葉にこだわりを持たれる「ルドルフ=ラッセンディルさんの癖」が見られますが……。

「当然」「ごく当たり前」といった常識や偏見で物事を繋いでしまうのは、論理的帰結でも、科学的思考でもなく、むしろ全く逆の姿勢です。

既存の常識や偏見を疑うことこそ、科学的思考ではないでしょうか。科学的思考の手法としては、批判的思考(クリティカル・シンキング)がその一例として挙げられます。

なお、批判的思考の「批判」は「非難」と類似した意味ではなく「単に否定的になるのではなく、自身の論理構成や内容について内省すること」を意味するので、注意が必要です。

note.com

また、戦後以降の犯罪率の低下とアニメ、漫画コンテンツ数の増加のグラフから「アニメや漫画はむしろ犯罪を減らした」と結論づけるのは、私も早計だと考えます。

戦後以降の犯罪率の低下とアニメ、漫画コンテンツ数の増加のグラフから分かるのは「漫画コンテンツ数の増加は、時代による影響を超えるほどの影響をもって、戦後以降の犯罪率の上昇に寄与しているわけではない」です。

すなわち「漫画コンテンツ数の増加は犯罪率の上昇に繋がる」という主張に対して、それは誤りであるという根拠には十分になると言えます。

ところで、ルドルフ=ラッセンディルさんは「ナイーブ(無知)」「1ビット脳」と仰っていますが……。

相手を強い言葉で非難するとき、その言葉は「自分が言われたら嫌な言葉」をそのまま言っている場合があり、自分自身が抱える「コンプレックス」の裏返しである。

……という心理があるそうです。

ただ、これにルドルフ=ラッセンディルさんが該当するかどうかは推測の域を出ないことなので、分かりません。

 

⑦ 経済効果に関する投稿

ここでも、ルドルフ=ラッセンディルさんは「単純にわからない」という言葉を批判として用いられています。

しかしながら、ここまでに述べてきた通り……。

ルドルフ=ラッセンディルさんは、オリちゃんに対しても私に対しても、言葉の誤用や事実誤認を何度もされている、すなわち「本当にわかっていない」ことが何度もあったので「単純にわからない」という婉曲的な批判方法は、主張の補強として機能し得ないのではないかなと思います。

また、私がツイートで触れた『温泉むすめ』は、観光庁の後援こそありますが、企業による「地域活性化プロジェクト」です。その企業活動において、経済効果を見ずして、何を指標にせよと言うのでしょうか。

さらに「そもそもこの人ら、ネット上でしかイキれてなくて、現実社会で何かを自分達の思う方に前進させたことって、ついぞないと思うのだが」と仰られても、それは「現実社会で実績を積まれ、それ口先だけでなくネットでも確認できる方」が言ってこそ、説得力がある主張だと思います。

しかし、ルドルフ=ラッセンディルさんは、その辺りの機微には疎いようです。

私としても、口先だけで「マーケティングに詳しいです!」と言って集客や経済効果を語っているだけではなく「実際にほぼ1年間(正確には360日間なので5日間の誤差はありました)で1万フォロワーを達成する」という実績を積み、そのうえで主張していることは、しっかりとお伝えしておきたいところです。

もちろん、私よりマーケティングに詳しい人は沢山いらっしゃるとは思いますが、少なくとも何の実績も示せない方と比べたら、知識と経験はあると自負しています。

note.com

私がルドルフ=ラッセンディルさんへのリプライで有料記事を貼るのは「何度も何度も変な絡み方をされて、私ばかりが嫌な気分になって損するのも何なので、せめて宣伝として活用しよう」と思ってのことです。

ルドルフ=ラッセンディルさんは私のことが気になって気になって仕方がないからこそ、絡んで来られるのかもしれませんが、私は別にルドルフ=ラッセンディルさんと話すのは別に嬉しくなく、特に得るものもないので……。

それでも、私のことはいくら馬鹿にして頂いても、別に差し支えはありません。

しかし、私の記事をご購入下さった方々を「1ビットな人たち」と称されたことは、看過できかねます。

私は、noteで有料記事を販売しておりますが、全ての記事を「24時間以内なら返金可能」に設定しています。それは、しっかりと読んで納得を頂いたうえで、対価を払って頂きたいからです。

note.com

「これはお金を払う価値は無い」と判断された方は、遠慮なく返金して下さって差し支えないと思っているからです。そのため、返金可能にしています。

この方針は、私が運営するオンライン・コミュニティ『神崎ゆきの100円ラボ』でも同様に、徹底しています。メンバー登録をしてから1ヶ月間は無料に設定しており、いつでも退会することができます。

私は「お金とは信用の証である」と考えているから。

だからこそ、私を信用してお金を払って下さった方々に対して「1ビットな人たち」という侮辱をされるのは、非常に許しがたく思うのです。

ルドルフ=ラッセンディルさんには、ご自身の発言の撤回と、私の記事を購入して下さった方々へ向けて、真摯な謝罪をして頂きたく存じます。

……と、以前にも私は言ったのですが、現在に至っても謝罪はしていただけていません。そして、これ以降にもルドルフ=ラッセンディルさんは私を含め様々な方に妙な絡み方をしていたらしい……。

続きはこちらです。

yukinoko.hatenablog.jp

yukinoko.hatenablog.jp

【他者への意識】私のことが気になって仕方がない、ルドルフ=ラッセンディルさんへ|その①

f:id:yukinoko811:20220317110858p:plain

こんにちは、神崎ゆきです。

今回は、Twitter「色んな意味で知名度のある人物」である、ルドルフ=ラッセンディルさんについて書いていこうと思います。

最初に書きますが、私がルドルフ=ラッセンディルさんに求めるのは「私の記事の購読者さんに対して『1ビットな人たち』と馬鹿にしたことの撤回と謝罪」および「オリちゃんや私にもう関わってこないこと」の2点です。

よろしくお願いします。

1. 主な登場人物

ルドルフ=ラッセンディルさんTwitterで色んな人に絡んでいる人。

神崎ゆき:私。ルドルフ=ラッセンディルさんによく絡まれる。

オリちゃん:ルドルフ=ラッセンディルさんによく絡まれる。

トゥーンベリ・ゴンさん:ルドルフ=ラッセンディルさんに「ゴン界隈は〜」とよく話題に出される人。具体的に「ゴン界隈」が何なのかは不明。

青識亜論さん:ネット論客。ルドルフ=ラッセンディルさんによく絡まれる。

 

2. ルドルフ=ラッセンディルさんとの出会い

最初に、私がルドルフ=ラッセンディルさんと会話をしたのは……。

表現バッシングやジェンダークレームにおいてフェミニズムのコンテクストだけが無謬に正しいとされる風潮に疑問を呈していた」ときのことです。

ルドルフ=ラッセンディルさんは、私のツイートにこのようなコメントをされました。

なお、コンテクストという言葉は「文脈・状況・前後関係・脈絡・背景」を包括する広い意味を持ち、何も「文学理論用語」とは限らずビジネスシーンを始め様々な分野で使われています。

そして「文脈・状況・前後関係・脈絡・背景」の範囲には表現者や企画者の意図や目的」「コンテクストとして含まれる」のですが……。

どうやら、ルドルフ=ラッセンディルさんは「コンテクスト」という言葉にあまり詳しくはないご様子です。

www.kaonavi.jp

また、このときの私は……・

様々な「どう見えるか」がある中で、フェミニズムのコンテクストにおける「こう見える」のみを「正しい」として押し付けが為され「表現がジャッジされる風潮」に疑問を呈していたのですが……。

note.com

「なんだか上手く言葉が伝わらなかったな」と、この最初の出会いでは思いました。

しかし、Twitterは140文字でやり取りする媒体。主張の意図がうまく伝わらないことはよく起こるので、このときはそれほど気にしておりませんでした。

次に、ルドルフ=ラッセンディルさんが絡んできたのは、キャリアコンサルタントの境野今日子さんが仰る内容について、私が調べてみたときのことです。

このツイートに対して、ルドルフ=ラッセンディルさんは以下の引用RTをされました。

私としては最後にツイートしたTwitterは自分のTLしか見えないので、ちゃんと調べる事が大切」が一番言いたかったことなのですが……。

目につくところで増えたと言っても、全体の投稿量が増えていない場合は「自分でそういうツイートが目に入るタイムラインを自分で構築しているだけ」なので、気をつけた方が良いのですが、それを「的外れに決まっている」と仰られても……。

そもそも、最初からいきなり「クソみたいな分析」と言ってきたり「1ビット脳」「ファナティック(狂信的)」と他者を貶めてきたりと……。

私はルドルフ=ラッセンディルさんに対して、率直に「随分と失礼な方だな」と思いました。

3. ルドルフ=ラッセンディルさんとセクハラ騒動

次に、ルドルフ=ラッセンディルさんとか関わったのは「セクハラ騒動」のときです。

経緯としては、私と相互フォローの間柄である「オリちゃん」「トゥーンベリ・ゴンさん」が冗談を言い合っていたら……。

ルドルフ=ラッセンディルさんが、横から入ってきて「セクハラだ」と言い始めたという流れとなります。

私のツイートに、ルドルフ=ラッセンディルさんはこのようにコメントをされました。

どうやら、ルドルフ=ラッセンディルさんの中では「被害者は自分」という認識であるようです。

また「ルドルフ=ラッセンディルさんの口癖」として……。

今後も頻出する文言なのですが「普通に」「まともな感覚」といった類の「自分の価値観や考え方こそがスタンダード」という前提に立脚する言葉を、非常に多く使用される傾向があります。

その辺りに、何かこだわりがあるのでしょうか?

 

4. ルドルフ=ラッセンディルさんと誤ったセクハラ対応

セクハラでは、しばしば本人が「本当は嫌だった」と本心では思いながらも、それを言い出せずにいるというケースが、よく起こります。

そのため……。

インターネットでも現実空間でも、オープンな場で被害者(の可能性がある人物)を問い詰めるのではなく、クローズドな場で聞くのがセクハラ対応の鉄則となります。

クローズドな場でなければ、被害者(の可能性がある人物)から本心を聞き出すことはできないからです。

また、オープンな場で問い詰める行為は「本当に被害者が嫌な想いをしていた場合」に、さらに被害者を責め立てる「二次加害」となり得るので、十分に気をつけるべきことだと思います。

このことを鑑みて、私はオリちゃんにクローズドなDMで「トゥーンベリ・ゴンさんの冗談は、本当に嫌ではなかったか?」と確認しました。

これで「本当は嫌だった」という回答だったら、私はトゥーンベリ・ゴンさんを批判していたでしょう。しかし、オリちゃんからは「別に嫌ではなかった。むしろ『セクハラだ』と誤解を広められるのが、本当に恥ずかしくて嫌だ」という回答を得ました。

これを聞き、私は広まった誤解を解消するために「図解」を作成しました。

f:id:yukinoko811:20220206122702j:plain

【図解】インターネット・セクハラ騒動まとめ

www.no-harassment.mhlw.go.jp

なお、図解に載せた文言は全て実際のツイートの文言であり、引用元も全てリプライにて明記しています。

それでも、私の言葉はルドルフ=ラッセンディルさんには伝わらず……。

セクハラは、客観的な判断が非常に難しいハラスメントです。だからこそ「被害者(の可能性がある人物)がどう思っているか」という点が非常に重要な要素となります。

そして、オリちゃんが「ルドルフ=ラッセンディルさんの言動」にはっきりと「セクハラやめてほしい」と明言しているにも関わらず、それをまるで軽視されていることから……。

おそらくですが、ルドルフ=ラッセンディルさんは、セクハラに関する正しい知識をお持ちではないのでしょう。

ルドルフ=ラッセンディルさんは「私は一次の加害がないことを確認した」と仰るのですが……。

前述した通り、セクハラは「被害者(の可能性がある人物)」からクローズドな場で聞き取りを行わなければ、確認を取ることができません。

オリちゃんから、ルドルフ=ラッセンディルさんからそのような聞き取りは無かったと私はDMで確認しているので……。

「一体何を持って『確認』をしたのだろう」と、私は非常に疑問でした。

また、ルドルフ=ラッセンディルさんから

"「二次加害に及ぶ行為」というからには、君は一次加害としてのゴンのセクハラを認めるわけか?"

という問いかけも頂きましたので、Twitterの140文字では伝わらないと考えて、noteで長文を書くことにしたのですが……。

……その日の深夜。

ルドルフ=ラッセンディルさんは、オリちゃんに対して怒涛のリプライ連投をされていたようです。

いや本当に、深夜に何やってんの……。

5. ルドルフ=ラッセンディルさんに届かない言葉

ルドルフ=ラッセンディルさんは

「現実のセクハラ被害を矮小化するもの」
「性的な揶揄を入れられて辱められた人」
「セクハラを隠蔽された被害者」
「セクハラについて告発することを阻害するもの」
「現実に被害を受けているひとの苦しみ」

これらに非常に大きな懸念を持たれているようですが……。

私も全く同じ懸念を持っているからこそ、ルドルフ=ラッセンディルさんの行動に疑問を覚えるのです。

なぜ、セクハラの告発を阻害する行為を懸念するにも関わらず、目の前の「セクハラ被害者(の可能性がある人物)」を執拗に責め立てるのだろうか……と。

「言っていること」と「やっていること」が、著しく乖離している。

ルドルフ=ラッセンディルさんの視点からすれば、オリちゃんにクローズドな空間で詳細の聞き込みを行っていない以上「オリちゃんが実際にセクハラ被害に遭っていないのか、それともセクハラに遭ったと本当は思っているが無理強いされてセクハラだと言えない状況にあるのか」は、分からないはずなのです。

今回の場合は、オリちゃんトゥーンベリ・ゴンさんは「本当に冗談を言い合っていただけ」なので、まだ良かったのですが……。

もしも、これが本当に「オリちゃんがトゥーンベリ・ゴンさんに無理強いされていると言えなかった」という状況だったと思うと……。

ルドルフ=ラッセンディルさんの行動は、かなり危うい。

そして、そもそも嫌がっている相手に「下ネタによる疑似セクハラプレイ」と言い放つのは「それ自体がセクハラに該当する」のではないでしょうか。

嫌がっている相手に対して、セクハラになり得る行為をしながら「セクハラの告発を阻害する行為」について語られても、それは本末転倒です。

それを伝えるために、私はnoteで長文を書きました。

今でこそ役割を果たした(……結局、伝わりませんでした)ので記事は有料化してありますが、当時は誰でも読めるように設定していました。

note.com

ルドルフ=ラッセンディルさんは自身の誹謗中傷を嘆いて「被害者は自分」というご認識を持たれていたので、私はその点も考慮してnoteでもTwitterでも「ルドルフさんへの誹謗中傷は謹んで下さい」と注意喚起をしました。そして……。

"「二次加害に及ぶ行為」というからには、君は一次加害としてのゴンのセクハラを認めるわけか?"

……という、ルドルフ=ラッセンディルさんのご質問にも、140文字でのすれ違いが発生しないように、しっかりと長文で回答をしました。

しかし、ルドルフ=ラッセンディルさんからは、一向にご返答を頂くことができませんでした。

そして、この件に関するご返答は頂けないにも関わらず、なぜか全く別の話題で私に関して言及されておりました。

当たり前ですが、私は何も脅迫などしていません。

ルドルフ=ラッセンディルさんが言及したツイートは、私が相手を心配する旨の内容なのにも関わらず「遠回しに脅迫してる」と指摘されてしまった。

私は、ルドルフ=ラッセンディルさんのご質問にもしっかりと回答して、同時に誹謗中傷にも注意喚起をする程度の分別はわきまえているのですが、こうまで一方的に言われてしまうと、さすがに……。

しかし、私の回答に対してご意見も頂けず、それどころか「ネットトロール活動」「ネットリンチと非難されてしまった。

正直、とても悲しくなりました……。

そして、これ以降もルドルフ=ラッセンディルさんによるオリちゃんへの絡みは続いていきます。そして、私への絡みも。

あまりにも数が多く、ページが重さで落ちてしまうので、記事をいくつか分割したいと思います。よろしくお願いします。

続きはこちらです。

yukinoko.hatenablog.jp

yukinoko.hatenablog.jp

yukinoko.hatenablog.jp

【表現バッシングと制作コストの非対称性】茶谷さやかさんと「根拠のない非難」

f:id:yukinoko811:20220117195630p:plain

こんにちは、神崎ゆきです。

先日、私は「表現の制作側と比べて、根拠のない非難をする側は、掛かるコストが少ない」という『コストの非対称性』に言及するツイートを行いました。

今回は、それに関するやり取りの記録です。

1. 「コストを掛けない非難」の問題点

表現に対して、根拠も伴わずに「性犯罪を誘発する」「女性差別を助長する」と非難して、取り下げや修正に追い込むバッシングの数々。

その現状を憂いて、私はこのような投稿を行いました。

根拠のない非難。

より正確には「犯罪や差別に関する情報をコストを掛けて調べたりせず、根拠を提示することもしないのに、それでいて犯罪だ差別だと相手を非難する行為」に対して、私は問題提起をしました。

例えば、ツイートでも書きましたが、表現に対して『性搾取・性的搾取』と呼ぶことで非難する例がよく見られるのですが、国連が定める定義は以下の通りです。

性的搾取(Sexual exploitation):性的な目的での、相手の脆弱性や力関係、信頼関係に基づく地位を濫用する行為あるいはその試み。他人を性的に搾取することによる金銭的、社会的、政治的な利得行為も含むがそれに限られない。
出典:第86回 性的搾取・虐待(SEA)防止の取組み - 内閣府国際平和協力本部事務局(PKO)

www.cao.go.jp

この定義は、国連職員による「SEA」を防止するための「性的搾取・虐待からの保護手段に関する事務総長告示 ST/SGB/2003/13」によって明確化され、後に国連PKO軍事要員にも適用されることになりました。

当然ながら、創作表現や広告に対して使用する言葉ではありません。

他にも、表現を非難される際に『ジェンダーギャップ指数』における日本の順位の低さを引き合いに出して「これだから日本は」や「ヘルジャパン」と仰る方もいらっしゃるのですが、正直に言って「中身を読んでいないの?」と思ってしまう。

こちらのRadertさんという方が、非常に分かりやすくまとめて下さっています。

note.com

note.com

note.com

性的搾取の定義も調べずに「性的搾取だ」と表現を非難して、ジェンダーギャップ指数の中身も読まずに「ヘルジャパン」と嘆く。

犯罪や差別というのは、そんなに軽いものでしょうか?

コストを掛けずに表現を潰すための「建前」として、安易に「犯罪や差別」を引き合いに出してはいないでしょうか。

本気で犯罪や差別の問題に取り組んでいないからこそ、根拠を伴わない「コストを掛けない非難」が横行してしまって、それなりにコストが掛かっている創作表現や広告と比べて「コストの非対称性」が生じてしまう。

そんな現状を憂いて、私は意見を述べたのです。

2. 表現規制は「実在児童」を危険に晒す

私の意見に対して、シンガポール国立大学助教授の茶谷さやかさんが、このように引用RTをされました。

「明らかに問題」

私は表現に対して「犯罪を誘発」「差別を助長」と述べる意見全般に対して、根拠が無いと述べています。

より正確に述べるとしたら「法令的規制(または自主規制)を正当化し得るほどの悪影響はない」あるいは「悪影響があると述べる論文の信頼性と、影響があるとされる効果量(影響の大きさや度合い)に問題がある」です。

しかしながら、大学で教鞭を取られている方が「それなりに女性問題や性犯罪についてを勉強すれば、明らかに問題」とまで仰るのですから、私が把握していない根拠が存在するのでしょう。

そう思いましたので、素直に聞いてみることにしました。

note.com

こちらのnoteでは、表現とその影響に関する複数の総説論文(特定の分野やテーマに関する先行研究を集め、体系立ててまとめることで、その分野やテー マの概説や研究動向、展望を示すことを目的とする論文)が紹介されています。

また、他にもリプライにて、イラストレーターおよびイラスト講師として活動されているYANAMiさんが、このように投稿されていました。

note.com

こちらのnoteは「架空の表現を児童ポルノと結びつける主張が如何に現実の児童を危険に晒すか」という内容を、具体的事例を交えて説明する記事です。

現状を知らない方には驚くべき内容かもしれませんが……。

規制対象として、イラスト・漫画・ゲーム等の性表現も念頭に置かれた議論が為されてしまったことで、児童ポルノ(3号ポルノ)の対象が「性的に興奮させるもの」になってしまい……。

結果として「児童が性的な虐待を受けた記録映像や音声であっても、一般的な価値観や感覚において、その映像を見る・聴く者を性的に興奮させるものでなければ、違法にはならない」という、恐ろしい状況が生まれたのです。

これは海外の話でも、過去の話でもなく「現在の日本の話」です。

レイプされている児童の音声記録も、
裸が映らない状態での虐待映像も、
着衣で動物の性器を触らされたり、
精液をかけられている様子を記録したものも、
全て今でも合法に取引・視聴できる現状が生まれています。

(出典:窪田順生記者による"「日本を代表するコンテンツ」温泉むすめが炎上! 美少女萌えとタバコ規制の微妙な関係"についての問い合わせ|YANAMi|note

表現を取り締まるばかりで、実在する児童の虐待を取り締まれなり、児童を加害行為の危険に晒してしまう……これは、本末転倒と言えます。

以前に、YAMAMiさんはこのようなツイートもされています。

「性的に興奮させるもの」という定義の「児童ポルノ」ではなく、実際に児童への虐待が為されているかどうかで判断する児童虐待記録物」として取り締まるべきなのに、イラストや漫画さえ「児童ポルノ」に含めようとする人がいる現状では、法改正の議論もままならない。

そんな実情があるのです。

日本共産党がその政策にて非実在児童ポルノなる用語を提唱したことは、まだ記憶に新しいことかと存じます。

nlab.itmedia.co.jp

さて。

私は最初のツイートで「表現に対して、根拠もなく『性犯罪を誘発、女性差別を助長』と非難すること」を批判しました。

茶谷さやかさんはそれに対して反論を唱えられたので、当然しっかりと根拠を交えて下さるものと、私は思っておりました。

……しかしながら、茶谷さやかさんからの返信はありませんでした。

3. 茶谷さやかさんと「根拠のない非難」

当たり前のことですが「根拠ないんじゃなくて、それなりに女性問題や性犯罪についてを勉強すれば、明らかに問題」と主張したところで……。

その情報源や根拠を具体的に示さなければ述べなければ「根拠がある」ことにもならなければ、「明らか」でも何でもありません。

しかしながら、3日間が過ぎても、茶谷さやかさんは一向に返信を下さる気配がありませんでした。

もし、私の方から茶谷さやかさんから言及したのなら、わざわざ返信をする筋合いも何もないでしょう。私と茶谷さやかさんは、一度もお話したことがない間柄です。

しかし、茶谷さやかさんの方から私に言及しておきながら、その後は無視を貫かれるというのは、いかがなものでしょうか。

さらに言えば……。

今回、私が述べたのは「根拠のない非難」への批判です。

コストを掛けずに「根拠のない非難」をすることを批判した私に対して「根拠ないんじゃなくて、それなりに女性問題や性犯罪についてを勉強すれば、明らかに問題」と仰るのに、その具体的な根拠を提示されないのは……。

茶谷さやかさん自身が、私の意見に対して「根拠のない非難」を実際に体現してしまってはいないでしょうか。

まさに、このやり取りこそが「コストの非対称性」を示してしまっているのではないでしょうか。

……。

大学で教鞭を取られている方に比べれば、私は「不勉強」なのかもしれません。

しかし、一度もやり取りをしたことがない茶谷さやかさんに、いきなり「根拠ないんじゃなくて、それなりに女性問題や性犯罪についてを勉強すれば、明らかに問題」と、暗に「女性問題や性犯罪について不勉強である」と非難されて、それなのに「明らかに問題」とまで仰る情報源や根拠は、全く示して下さらない。こちらが根拠を提示して返信しても、無視されてしまう。

私は、とても嫌な気持ちになりました。

非常に残念です。

 

【IKEA広告炎上】浅田奈穂さんに煽られた話

f:id:yukinoko811:20211230124127p:plain

こんにちは、神崎ゆきです。

今回は、IKEAの広告が炎上した話題とその分析、それに関連して浅田奈緒さんという方に煽られた話です。

1. IKEA広告炎上

先日、IKEAの広告が炎上したことはご存知でしょうか。

nordot.app

IKEAの広告が「女性差別」としてバッシングを受けたのです。

その広告がこちら。

ちなみに、この投稿の本文の「ぼく」は『IKEAのサメ』の一人称です。つまり、サメ君がこのツイートをしているという形ですね。

ですが、どうやら『夫』の台詞だと勘違いしている人が多く、それが余計にバッシングに拍車をかけた様子。

イケア・ジャパンのツイート日時は12月7日。そして、広告動画が投稿されてから2週間以上経過した、12月25日に炎上したようです。

引用RT欄とリプライ欄を確認すると、投稿日時と"RT&いいね"数から考えて、発端はこちらのツイート。

投稿日時は、2021年12月25日午前0時7分。

「せっかくのクリスマスの夜なのに」と、正直ちょっと思います。なお、この方のプロフィールを覗くと、こんな感じでした。

困ってる女性とその支援者をアゲるフェミニスト虹LGBTアライレインボーフラッグ反トランス差別ユニコーンの顔全ての人が生きやすい世界光る星見かけたセクシストと戦う人を讃える(リプは不要嫌ならブロック願います光る星)リプライは気付いたら曲げた上腕二頭筋いいねは後で読むやつ 

(出典:🎊🗳女をアゲる女🗳🎉 (@amaterasu_solar) | Twitter

どうやら、フェミニストの方らしい。

この投稿を発端に、IKEAには批判の意見が大量に寄せられます。その中には、暴言と呼んでも差し支えがないものも……。

「きっっっしょ!」
「どうせキモい爺が作ったんだろ」

調べてみたら、少なくともイケア・ジャパンの代表取締役社長ヘレン・フォン・ライスさんと、マーケティングマネジャーのアンナ・オーリンさんは、共にスウェーデン出身の女性でした。

「ピュ𓂺」

ちなみに「ピュ」というのは「反出生主義」を掲げるフェミニストが主に使うネットスラングの1つで、男性を指して「ピュ係」と呼ぶらしい。

「ドレイテーブル」

妻役の方がソファに座らずに後ろへ回るのは、前を通ると広告の主体である『トレイテーブル』が隠れてしまうからだと思うのですが、投稿本文の「ぼく」を夫の台詞だとか勘違いして、妻を「奴隷」とまで呼んでしまうのは、いくらなんでも……。

「床に置いた飲み物が邪魔だからと蹴飛ばす夫」

広告に登場する夫は「邪魔だ」とも言っていないし、意図的に蹴飛ばしている描写もありません。描写に無いものを読み取られてしまっているようです。

「吐き気を催す邪悪」

蹴飛ばしたドリンクの片付けも床の掃除も間違いなく妻にやらせてますねこれはどう考えても……って、なんでそう描写に無いものを読み取って断定するのでしょうか。

「子供虐待されてるのかなってドキッとした」

虐待って……もし「とにかく何でも良いから難癖をつけて否定したい」のでなければ、事前に「女性差別の広告」という他者からの情報が入ることでバイアスが掛かっているものと存じますが、それにしたって……。

「女卑男尊ウイルス」

一般名詞の男尊女卑ではなく「女卑男尊」と書いているところに、この方の強いこだわりが感じられます。

「こんなオス家の中にいたら同性でも秒でしゃさつしたくなるわ」

ストップ。

……キリが無いので、取り上げるのはこのくらいにしますが、こんな調子のバッシングがイケア・ジャパンに寄せられたわけです。

2. 炎上の分析

なお、冒頭の記事はYahoo!ニュースにもなっており、そのコメント欄ではネットリテラシー専門家の小木曽健さんがこのように仰っています。

典型的な「非実在型」ネット炎上です。似た事案として東洋水産の「マルちゃん事件」が挙げられます

マルちゃん公式Twitterが掲載したPR漫画(父子が即席ラーメンを食べ、夜になって帰宅した母が食器を洗う漫画)について、「女性差別だ!」という少数の批判が発生したのですが、すぐに「そんなの、さすがに言いがかりだろ」と大量の反論が発生。その結果……

誰も気にしていなかったその少数意見に注目が集まってしまい、新たな論争を呼び、まるで炎上したかのように見えてしまったのです。東洋水産はとんだとばっちりでした

ネットは文句だけが目立つ世界です。「なんとも思っていない」大多数の人は、そんなことをわざわざネットに投稿しません。皆そこまでヒマじゃないですから

企業側も「ネットは少数の偏った意見でも目立ってしまう場所」であることを踏まえ(最低限のモラルは維持しつつ)過度に萎縮しすぎないで欲しいです

(出典:Yahoo!ニュース 公式コメンテーター小木曽健さんのコメント

また、一過性の炎上は「約72時間」で収束すると言われています。

 

f:id:yukinoko811:20211230013933p:plain

[画像] 新社会人へ、鍵アカも見直して「過去の“やらかし”を消そう」――SNS炎上の対策・傾向をセキュリティ企業担当者が解説 - INTERNET Watch

internet.watch.impress.co.jp

実際に、IKEAについて『Yahoo!リアルタイム検索』で調べてみると、このような結果が出てきました。

f:id:yukinoko811:20211230034305p:plain

IKEA」のTwitter検索結果 - Yahoo!リアルタイム検索

search.yahoo.co.jp

 

f:id:yukinoko811:20211230034800p:plain

「イケア」のTwitter検索結果 - Yahoo!リアルタイム検索

search.yahoo.co.jp

ツイート数の推移がすぐに平常値に戻っているので、IKEA広告の炎上は「一過性の炎上」と呼べる範囲にあります。

これは炎上中であっても、ある程度まで判断することができます。

例えば、IKEA広告に本当に原因がある場合はIKEAはいつも利用していて、本当に好きなんだけど、それでも今回の件は〜」と『前置き』が入る批判が多くなります。これは「IKEA自体を批判したいわけではなく、これからも応援したいからこそ、この部分が問題だとIKEAに伝わって欲しい」という顧客心理です。

逆に、よく見かける「今までIKEAを使っていたけど、もう使いません」と宣言する言動は「相手に罪悪感を抱かせることでコントロールしたい」という心理の現れであり、そもそも好意的な顧客ではない。また、暴言・決めつけ・企画者やクリエイターへの人格攻撃、要点以外にも「アレもコレも」と不備を見出されて批判が為される場合、それはあまり有用ではないクレームと判断して差し支えありません。

(ただし、前者の炎上に該当するとしても、当該企業の炎上が短期間に連続して起こっている場合、好意的な顧客が「今までIKEAを使っていたけど、もう使いません」と言うことはあり得ます。炎上事例は"点"ではなく"線"で判断することが重要です)

今回のIKEA広告の炎上は、後者に該当するでしょう。

3. 浅田奈緒さんに煽られた話

このような状況を見て、私はこんな投稿をしました。

このツイートは投稿後24時間で7,000いいねを超えたので、それなりに同じことを思っている方がいらっしゃったようです。

ただ、ツイートが伸びると引用RTやリプライで色々言われるのも、仕方のないこと。私の意見に否定的な意見もありました。

別に、私は嬉々としてレスバトルに興じたいタイプではないので、そういった意見は読みはしても基本的にスルーしているのですが、ちょっと気になる引用RTが……。

浅田奈穂さん、という方らしい。

何が気になったかと言えば、この方がツイートに「リプライ制限」をつけていたこと。

Twitterには投稿したツイートにリプライできるユーザーを制限できる機能があり、浅田奈穂さんはその機能を使用されていました。私の周りでその機能を使っている方が少ないので、ちょっと目を惹いたわけです。

そして、プロフィールページに飛んでツイートを遡ってみたら……。

……めっちゃ失礼なツイートが。

上記は引用RTではなく通常ツイートなので、おそらく「私が見ること」まで想定していないとは思うのですが、それにしたって「作り手に失礼では」と仰る方が失礼なツイートをされているのは、どうなのでしょう……。

色々思うところがありましたので、IKEA広告へのバッシングの現状を踏まえて、返信をさせて頂くことにしました。

なお、上記のツイートでも添付した浅田奈穂さんの記事は、読んでみると割と興味深かったです。意見には同意できない部分が多いですが、それはそれ。これはこれ。

www.huffingtonpost.jp

そしたら、浅田奈穂さんはこんなツイートをされました。

「こいつらどんだけ読解力がないんだろう、にしか見えない」

まず、そもそも前述した方々のような「全く描写されていないものを読み取る」のは、「読解力がある」とは言えません。

「読解力がない」というのは、必ずしも「読み取りが不足」だけではなく「読み取りが過剰」も当てはまります。これは、義務教育における現代文の授業で習います。

また、私もマーケターの端くれとして「炎上の予測はある程度まで可能」とは思いますが、同時にマーケターの矜持を持って「炎上の予測は完全には不可能」と思います。

これは、以前にもこちらの記事で検証しました。

note.com

炎上の予測が完全に可能と思ってしまうのは、マーケティングを勘違いしているか、調子に乗って驕っているか、あるいは本当に類稀なる「マーケティングの天才」であるか、いずれかでしょう。

被害者に原因が無くとも「いじめ」が発生するように、対象に原因が無くとも「炎上」が発生することは、よくあるのです。

私以外にも、浅田奈穂さんの意見に違和感を持つ方はいらっしゃったようです。

浅田奈穂さんは「女がテーブルだと伝えたいわけではないだろ」という擁護に対して「絶句」しているわけですが……。

これは、逆説的に「浅田奈穂さんは『IKEAは女がテーブルだと伝えたいのである』と思っている」ということになる気がしますが……まぁ、さすがにそれは無いと思うので、おそらく言葉の綾でしょう。

一応、申し上げておくと。

個人的には「言葉だけで権威を語らずに行動や実績で語るべき」と思っており、私は匿名アカウントではありますが、そこで公開できる範囲で「Twitter運用において1年間で1万フォロワーを達成した」という実績があります。

……正確には、ちょうど365日での達成を狙って運用していたのですが、少し予測が外れて360日での達成でした。5日間の誤差があった。この辺りの詳しい事情は、以下の記事に書いてあります。

note.com

しかし、これはあくまで「私の考え方」に過ぎません。もしかしたら、浅田奈穂さんが類稀なる「マーケティングの天才」であるかもしれない……と思いつつ。

(実際、たまにいらっしゃるのです。私には測り知れない予測を何度も的中させる天才的な方が)

ひとまず、私はこのようにツイートしました。

広告制作は"特別な仕事"だと勘違いされがちなのですが、その本質は一般的な仕事と何も変わりません。試行錯誤の過程で成果が出ないこともあれば、理不尽なクレームに晒されることもあります。

なお、何らかの選択過程を通過した人・物・事のみを基準として判断を行い、通過に失敗した人・物・事が見えなくなることを「生存者バイアス」と呼びます。

ja.wikipedia.org

広告制作に関わらず、ビジネス全般において「生存者バイアス」の存在は無視できない要素です。なので「あらゆるクレームまで想定できる」と考えてしまうのは、かなり危険だと思うのですが……。

……なんか、煽られている……?

私は「広告の失敗事例を知り尽くしている」なんて思っていなくて、むしろ逆に「広告の失敗事例を知り尽くしている、みたいな驕りは良くないよ」ということを言いたかったのですが、上手く伝わらなかったようです。

私は別に「業界トーク」をしたかったのではなく……。

「広告制作は何も特別な仕事ではなく、一般的な仕事と変わらない。理不尽なクレームに晒されることは往々にして起こるから、それを指摘することを『逆に全ての作り手に失礼』とは思わない」

と言いたかったのですが、相手に伝わるように言葉を紡ぐのは難しい。

「見たまま、感じたまま思い浮かんだことはポジティブでもネガティブでも誰も間違ってないから!!!」

これは、どうなのでしょう。

たしかに、思い浮かんだ「好きだ」「嫌いだ」「面白い」「面白くない」という感想を否定することは、誰にもできません。

しかし、表現バッシングでよく見られるのが「女性差別を助長する」「性別役割分業を固定化する」「性犯罪を誘発する」という類の意見。IKEA広告批判でも見られました。

有志の方が表現に関する複数の総説論文を調べたところによると「女性差別を助長する」「性別役割分業を固定化する」「性犯罪を誘発する」という意見を間違っていないとするには「科学的根拠に乏しい」と言わざるを得ません。

note.com

っていうか、そもそも。

引用RTを頂いたので、こちらも対応して。そして「逆に全ての作り手に失礼では」と言われたので、作り手の視点から意見を述べたのに。

それで煽ってきたり、不機嫌になられたりしても……。

正直ちょっと困る、と思った出来事でした。